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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第27章 潜入

 朝、旧研究施設の外周。曇天の空の下、岬は車のドアを開けて降り立つと、黒いスーツ姿から無骨な作業服へと素早く着替えた。ヘルメットを被り、工具ベルトまで装着すると、別人のような現場技師に見える。


「……似合ってない」


 楓が率直に口にすると、岬は口元だけで笑った。


「バレなきゃ勝ちだ」


 楓も同じ作業服に着替える。腕まくりをしながらヘルメットを被ると、岬がこちらを見て言った。


「似合ってる」


「……どういう意味よ」


 互いに小さく息を吐き、会話はそこで途切れた。



 午前、施設内の監視ログ室。久賀はアールの映像と操作盤を睨みながら、施設の電力配分を遠隔操作していた。


『ここに巡回の死角に入ります』


 イヤホンからアールの声が流れる。


『まもなく警備員が東の廊下に移動します』


 ここを通過できるのは、巡回警備員が東廊下に移動する瞬間の十数秒だけだ。


 アールの合図を待って、二人はするりと施設内に滑り込む。天井の蛍光灯がちらつき、古い換気口からは金属臭と油の混ざった空気が流れ出ている。床は磨かれているが、その艶の下に長年の擦れ跡が見えた。時折、奥の部屋からかすかな機械音が響き、ここが今も稼働していることを物語っている。


「こんなに楽な潜入は初めてだ。アールはすごいな」


 小声で関心する岬に、アールはどこか誇らしげな声色をしてみせた。


『プロにお褒めいただけるとは。光栄です』


「俺、要らなかったんじゃないか?」


 その言葉に、楓はぶるぶると勢いよく首を振った。岬の協力を拒んでいたのは楓だが、実際にやってみれば、実績のある公安捜査官の実力はほとんど必須のものだった。楓が怪盗エルとして活躍してきたのは、アールの補助があってこそであり、今回の案件はアールの力をもってしても勝率は五分と言うところだった。


 旧式の搬入口センサーを抜けると二人はロッカーの角に身を寄せた。作戦でわかっていた距離感のはずなのに、実際には息が触れるほどの近さで、楓の心臓がわずかに跳ねた。


(わ……ち、近い)


 耳元で岬の呼吸が感じられ、その存在感の大きさに、彼を意識しないと決めたはずの心が揺れる。楓は視線を逸らし、ほんの数センチ体をずらした。


 久賀は息を整え、アールに指示を出す。


『東側廊下、暗転まで……三、二、一』


 モニターの照明がふっと落ち、監視カメラ映像も暗転する。ノイズの走る画面の端に、濃紺の制服を着た警備員の背中が映り、肩口の無線機が微かに光を放った。


「三十秒、持たせろ」


 その間に楓と岬は影のように通路を進む。壁際を沿って移動し、工具袋が触れる音すら抑えていた。搬入口脇の古びたセンサーが赤く瞬き、岬は呼吸を止めて一歩を踏み出す。短い間の後、反応が途切れ——小さなクリック音が成功を告げた。


『次、西棟南側。暗転開始』


 二人は迷いなく次の死角へと滑り込んだ。



 同じ頃、施設西棟の裏口。鬼島が数名の公安現場部隊を引き連れて侵入していた。三國の姿はなく、連れてきた部下たちは通常の公安隊員よりもどこか雰囲気が重く、目つきも鋭い。制服の仕様や装備の一部が微妙に異なり、裏部隊であることを示唆していた。


「対象は二人組。確保を最優先しろ。抵抗すれば制圧だ」


 一人の部下が低い声で尋ねる。


「排除の許可も?」


 鬼島は短く頷いた。


「状況次第だ。だが痕跡は残すな」


 別の部下が口角をわずかに上げ、「了解」とだけ返す。その声に感情はなかった。重い足音がコンクリートの床を叩き、彼らは迷いなく暗い廊下へと消えていく。



 正午、生体ログ観察室の前。楓と岬は壁際に身を寄せ、アールからの指示を待っていた。


「いよいよ最後の関門だな」


「ええ、この扉の向こうに——LF-99がいるはず」


 何度も情報で聞き、作戦会議で見た図面が頭の中で形を成す。楓は唾を飲み込み、指先の汗を感じた。扉の向こうからは、低い機械音と周期的な空調の風切り音が漏れ聞こえてくる。岬は無意識に息を整え、腰のツールポーチに触れて位置を確認した。


『電子ロック、解除まで五秒……四……三……二……一……解錠』


 低い音と共に扉のロックが外れる。軋む音とともに重い扉が開き、冷たい空気が外へ流れ出す。室内は薄暗く、壁際には古びた計測機器やモニターが並び、ケーブルが床を這っていた。ガラス越しに見える棚には、ラベルの剥がれかけた試薬瓶が並び、薬品のかすかな匂いが鼻をつく。奥の壁には過去の研究データを映し出す古いモニターが淡く点滅し、断片的な数値が流れていた。天井から吊り下げられた白色灯が中央を照らし、その光の下に生命維持カプセルが静かに立っている。


 透明なシリンダーには淡い光が揺れ、内部には小柄な少女が眠っていた。呼吸に合わせて胸がわずかに上下し、その顔は穏やかで年齢不詳の儚さを湛えている。肌は蝋細工のように白く、閉じられた瞼の下で微かに瞳が動いたように見えた。カプセルの側面には、LF-99という識別コードと、読めないほど擦れた研究者の署名が刻まれている。


「そんな……こんなに幼い子供だったなんて」


 楓はその姿を見た瞬間、息を呑み、足がすくんだ。心臓の鼓動が耳の奥で大きく響き、視界がわずかに揺れる。横で岬も短く息を吸い込み、眉間に深い皺を刻んだまま視線を逸らすことなく少女を見つめる。二人の間に、言葉にならない緊張と衝撃が走った。

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