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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第26章 再結成

 夜。別室のモニター前には、冷却ファンの低い唸りと、モニター群が放つ光が満ちていた。機材の明滅が三人の輪郭を浮かび上がらせ、室内の空気は張り詰めている。


 楓は椅子から前のめりになり、久賀に鋭い視線を突きつけた。


「……話が違う」


 楓の視線に、久賀はあくまで落ち着いた態度で肩をすくめる。


「君が心配することじゃない。俺は彼に、“絶対に恋はしない”と誓わせた。それで条件は整っただろ?」


 楓は眉を寄せ、低い声で問い詰めた。


「そんな誓いで、本当に防げるの? 岬さんに、どこまで話したの?」


 岬は静かに首を振る。


「何も聞いていない。ただ、その条件なら手を組むと言われたから、ここに来た。それで君と、怪盗エルと手を組めるなら」


 楓は唇を引き結び、さらに言葉を重ねた。


「……岬さん、あなたは本当にわかってる? その一言が、どれだけ危ういか。誓いなんて、意志一つで揺らぐものよ」


 楓の脳裏に二度の周回の記憶がよぎっていた。最初の世界では、自分が岬に惹かれ、気づけば想いを告げていた。二度目は逆だった。彼の視線が変わり、距離が縮まり、あの声が優しさを帯びて自分に触れた——そして、どちらも世界は壊れた。胸の奥に残る温度と、失われた時間の感覚が一瞬で蘇る。


 だが岬は短く息を吐き、まっすぐに楓を見返した。


「俺は揺らがない。君が何を背負っているかは知らないが、それでも誓える」


 楓は視線を落とし、かすかに首を振った。


「……そんな自信、信じていいのかどうか……」


 沈黙が落ちる。久賀がわざとらしく咳払いし、二人の間に割って入った。


「信じるしかないだろう? それに——今回の標的、LF-99はまだ生きている可能性が高い。現場に踏み込める人員は限られている。プロである彼の手を借りれるかどうかは、作戦の成功率を大きく左右する」


 楓の瞳がわずかに揺れる。久賀は淡々と続けた。


「この機会を逃せば、二度と辿り着けないかもしれない。その子は今も檻の中にいる」


 楓は久賀を一瞥し、深く息を吐いた。


「……今回だけなら」


「アール、始めてくれ」


 久賀の声にアールも渋々といった声をあげる。


『私のマスターは楓さんです』


「僕たちの仲じゃないか」


 AIにすら片目を瞑る久賀に、楓と岬は視線を交わした。短く目を合わせるだけで、互いの胸に浮かんだ疑念と覚悟が伝わるようだった。二人の間に言葉はなく、それでも「行くしかない」という暗黙の合意が流れた。


『見取り図を表示します』


 三人の前に複数モニターに渡って施設の見取り図が表示された。アールが操作を進め、画面が次々と切り替わる。薄暗い通路、無機質な金属扉、監視カメラのレンズが赤く光り、巡回する警備員の制服は濃紺で胸には無線機。足音が微かに響く音まで拾われ、緊張が肌を刺す。


「想定外パターンを確認しろ」


 久賀が指を立てながら言う。


「一つ目、通電停止で非常口が自動ロックされる構造。二つ目、車両チェックがランダムで行われる。三つ目、内部非常灯が切れた場合は代替ルートが封鎖される。……どれも対策を忘れるな」


『ここに巡回の死角があります。警備員が東の廊下に移動した瞬間を狙い移動をお願いします』


「撤退ルートは二本確保する。失敗したら迷わず第二ルートへ切り替えろ」


 岬が地図の一点を指差した。


「ここ、物資搬入口のセンサーは古い。タイミングを合わせれば無音で通過できるはずだ」


 楓は頷き、メモを取る。


「合図は三回短く、そのあと一回長く。間違えたら即撤退」


 久賀が地図を覗き込んで言う。


「この辺り、過去に何度も警戒レベルが上がった場所だ。油断すれば即座に包囲されるぞ」


 楓は視線を細めた。


「ええ、無駄な動きは一切できない」


 岬がうなずき、低く答える。


「誰も犠牲にはしない」


 巡回警備のタイミング、合図、撤退ルート——細部を固めていく間、岬の表情が一瞬だけ曇った。


——この光景、どこかで見たような……。


 既視感が胸をよぎる。前にも、この場所で夜明けまで誰かと語り合った記憶。資料を広げ、隣から届く声を聞きながら、細かく計画を立てた——しかし、その映像は霧のように薄れ、すぐに形を失った。


 楓は岬の横顔を盗み見た。眉間の皺、瞳の奥で揺れる光。その仕草は、知らないはずなのに心に刺さる。だが、感情を形にしてはいけないと自らに言い聞かせた。


 *


 明け方。薄青の光がビルの間から差し込み、街路に長い影を落とす。岬の運転する車の助手席で、楓はシートベルトを握りしめていた。沈黙が重くのしかかり、互いの呼吸音さえ遠い。フロントガラス越しに見える空は、夜と朝がせめぎ合う曖昧な色をしていた。


 カーステレオから電子音が割り込んだ。


『こちらアール。現場まで残り十五分。潜入は楓さんと岬さんの二名。正面侵入は避け、東側搬入口を使用』


 続いて久賀の声が低く響く。


『車は指定位置で待機。俺は外周の監視と迎えを担当する。……二人とも、無茶はするな』


 楓は無言で頷き、岬は「了解」と短く返した。その声には静かながらも強い緊張が滲んでいた。エンジン音だけが、夜明けの道路に溶けていく。


 前方に工事規制の看板が見え、片側交互通行の赤信号で車が止まった。誘導員が手を挙げ、こちらをじっと見る。岬はハンドルから手を離さず自然体でつぶやいた。


「三分のロスだな」


 楓は視線を外に向け、一定の呼吸を保ちながら心拍を整える。何事もなく青信号になり、車は静かに再発進した。


 数秒の沈黙の後、岬が口を開いた。


「……朝焼け、きれいだな」


 楓は少し意外そうに窓の外を見やり、「ええ」と短く返す。


「パン屋の仕込みをしている時間帯と同じ景色……こういう時に思い出すなんて」


「パンの匂いがしないのが不思議なくらいだな」


 二人の間に、わずかな笑みが生まれる。その瞬間だけ、張り詰めた空気が少し和らいだ。


 楓はふと、自分の装備を確認する。手袋の縫い目をなぞり、ピックの重さを確かめ、靴紐を二度締め直す。何度も繰り返した動きは、ループを重ねる中で身体に刻まれた儀式のようだった。


 岬は前を見据えたまま、ぽつりと問う。


「……その子は、君にとって特別なのか」


 楓は返事を迷ったが、やがて静かに答えた。


「ええ。だから、必ず助ける」


 その決意を受け、岬は黙ってアクセルを踏み込んだ。助手席に置かれた楓の手は、いつの間にか固く握りしめられていた。

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