表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

第22章 記憶

 閉店後、人気の消えた通りを抜けて、楓は久賀をアパートに案内した。


 小さな鍵を差し込み、隣室の扉を静かに開ける。


 重厚なファンの唸り。連なるモニターの明かりが、まるで眠らない神経網のように部屋を照らしていた。


「へぇ、いいところじゃないか」


 久賀は扉の内側で足を止め、空間を一通り見回してそう言った。 その目の奥にある探るような光を、楓は見逃さなかった。


「……ここが、怪盗エルの本拠地ってわけだ」


 楓は無言でPCを起動し、アールの音声が静かに室内に響いた。


『ユーザー確認。楓、識別済み。同行者——久賀貴道、外部協力者として一時承認します』


「ご丁寧にどうも」


 久賀は肩をすくめ、楓が普段使っている大きなオフィスチェアの背に片肘を乗せた。まるでその場の主であるかのように、さりげなく空間になじんでいた。


「じゃあ、整理しようか。今回のリセット現象とループ構造について」


 楓は頷き、これまでの経緯を簡潔に伝える。


「どこから説明したら良いのか……最初は妹・澪の死からだった。彼女は“LF-11”としてK12研究班に選ばれた被験者。死因は“精神不安定による自死”とされたけど、そんなはずないと思ったの」


 久賀の表情がわずかに引き締まった。 それまでの飄々とした態度を消し、正面から楓を見据える。 まるで、今度ばかりは彼もまた“真剣に”この話を受け止めようとしているかのようだった。


「研究機関にアクセスして、記録を集めた。でも、その過程で私は……“契約”を交わした。世界の真実に触れる力と引き換えに、“恋”という感情を代償として差し出した」


 「契約?」


 久賀が眉を上げる。どこか冗談のように聞こえたその言葉に、彼の表情がほんのわずか揺れた。


「そう。信じがたいと思うでしょうけど——本当よ。あれは神社跡だった。誰もいないはずの空間で、私の中に直接“声”が入ってきた。問いかけられたの。『真実を望むか』『代償を差し出せるか』って」


 久賀はしばらく沈黙し、目を細めると首を傾げた。


「まさか……ここにきて“魔法”とか“異能”みたいな話になるとは思わなかったな」


 彼の口調はあくまで軽かったが、その奥には確かに警戒があった。


「……じゃあ、それはつまり“女神”の力ってやつか?」


「ええ、そう呼ぶしかない。科学じゃ説明できない。でも、確かに現実に干渉している」


 久賀はしばらく沈黙したまま、表情を動かさなかった。何かを理解しようとするように目を伏せ、そして深く息を吐く。


 「……うん、まあ……めちゃくちゃファンタジーだけど……いいよ、続けて?」


 無理やり納得したような口調でそう言い、久賀は視線をモニターに戻した。楓はなんとか言葉を探して解説を続ける。


「そこから始まったのが、ループ。私が力を手に入れるために女神に差し出した条件は……恋、だった。私が誰かに恋をし、その想いが届いてしまった瞬間、世界が巻き戻る」


『補足します。楓さんは“誰か”と定義していますが、過去二度のループにおいて該当した対象はどちらも——岬 朔弥、ただ一人です』


 アールの淡々とした声が響き、楓は一瞬だけ言葉に詰まった。


「今、私たちは三度目の世界にいる。そして、あなた——久賀さんと私だけが記憶を保ってる」


 久賀は腕を組み、椅子の背にもたれかかるように姿勢を崩した。 だが、その目は鋭く画面を見つめたまま動かない。


「感情が成立することで、世界が巻き戻る。告白——あるいは、想いが通じ合った瞬間がトリガー」


 久賀は、ひと呼吸置いて静かに続けた。


 「繰り返されるたびに、中心にいるのは——岬 朔弥。記憶を失ってもなお、君の核心に近づいてくる男」


「ええ。だから、彼にだけは絶対に近づかない」


 その言葉に、久賀がじっと楓を見た。

口の端をわずかに持ち上げて、どこかからかうように言う。


 「……君は二度失敗してる。二度あることは三度ある、って言うだろ?」


 楓は即座に首を振った。


 「絶対にない。感情は——理性でコントロールできるもの」


 その声には揺るぎがなかった。


 だがその瞬間、室内に短く鋭い電子音が鳴り響く。


『警告。記録ログ“R002”が外部から参照されています。アクセス元、公安内端末。識別コード:岬 朔弥』


 楓の背筋が凍りついた。 アールの声が告げた“名前”に、頭の中が一瞬真っ白になる。


「見たか? あいつはやっぱり、もう動いてる」


 久賀は淡々と言い、モニターに映るアクセスログを眺めた。


 楓は、ぎゅっと拳を握る。


「……どうして、いつも彼が……」


 その声は呟きに近かった。


「記憶がないのに、なぜ毎回同じように私の心を追い詰めてくるの?」


 久賀はしばらく黙っていたが、ふと小さく言った。


「彼は記憶がなくても、君を守ろうとしてるのかもしれない」


「……そんな保証、どこにもない」


 楓はそう返しかけて、飲み込んだ。


『第三者的観測対象として、岬は不安定因子と定義可能です』


 アールの冷静な補足が響く。


 *


 岬朔弥は公安本庁の端末室にいた。


 手元の画面には、内部ログへの検索窓。

 何の気なしに、指先が一つの名前を打ち込んでいた。


 ——緒方 澪。


 検索理由は自分でも説明できなかった。ただ、その名前を見た瞬間、胸の奥に奇妙なひっかかりが生まれた。


(……この記録、前にも見たことがあるような……いや、それ以前に……)


 ふいに背後から、人の気配が近づいてくるのを感じた。


「なんです? 最近、“澪”って名前、妙に多く出てきません?」


 三國陽介だった。相変わらずの口調で、岬の背後に立っている。


「……さあ。でも、なんか放っておけなくて」


「岬さんらしいですね。……さすが、優秀な捜査官の勘、ってやつですか?」


 岬は返さなかった。画面に視線を戻す。


 “澪”という少女の存在が、なぜか胸の奥に静かに引っかかっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ