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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第12章 接触

 夜のカフェのテラス席。暖房の下で、岬は佳澄の顔をじっと見つめていた。温かい紅茶の湯気が二人の間に揺らいでいる。


 「……ラーメン屋じゃなかったんでしたっけぇ?」


 佳澄がにっこりと笑って、口を開く。


 岬はカップに視線を落としながら、静かに言った。


 「あそこで“仕事の話”はできない。隣の席に誰が座ってるかも分からないような場所じゃな」


 佳澄は肩をすくめるように笑った。


 「なるほどぉ、さっすが公安の方って感じですねぇ〜」


 「君は怪盗エルじゃないな」


 言い方は静かだったが、断定的だった。


 佳澄は瞬きをひとつしてから、ふふっと笑った。


 「まぁ、そうでしょうねぇ」


 「もっと……そうだな。温度がない。感情の起伏がなくて、手触りが曖昧で。それでも冷たくはない。怪盗エルは、そんな存在だ」


 「なるほどぉ、あなたが“エル”のこと、しっかり観察してるのは伝わってきましたよぉ」


 佳澄はカップに口をつけ、軽く啜る。


 「あなたと私の目的って、けっこう近いと思うんですよぉ」


 岬の視線が少しだけ細まる。


 「目的?」


 「ええ、気になってることがあってぇ。私自身のことで、ちょっと探してる人がいるんですよぉ」


 佳澄はそれ以上は語らず、にこりと笑った。その笑みは、紅茶の湯気の奥にふわりと揺れながら、どこか人を煙に巻くような含みを持っていた。


 「それなら、なぜ協力を申し出ない?」


 佳澄は唇に指を添えて笑った。


 「だってぇ、あなたと手を組んじゃったらぁ、怪盗エルさんと手を組めなくなっちゃうじゃないですかぁ」


 その答えに、岬は数秒沈黙し、それから問い返す。


 「怪盗エルを知っているのか?」


 「知りたいんですかぁ?」


 「……いや、自分で見つける。お前から怪盗エルの正体を聞いたら、こちらこそ怪盗エルと手を組めなくなる」


 佳澄は、面白そうに微笑んだ。


 「ふぅん、変な人。でも、そういうとこ、嫌いじゃないですよぉ?」


 *


 公安第七課の会議室に、重たい空気が流れていた。


「……私は怪盗エルを“ただの敵”とは思っていません」


 そう口を開いたのは岬朔弥だった。岬がこのセリフをいうのは二度目であるが、それに気づくことは一生ないだろう。


「目的は不明ですが、システムに対する侵入精度、行動の一貫性、そして無意味な破壊行為の回避。そこには明確な意思と規律があります」


「つまり?」


「交渉の余地がある、ということです。あれは制御不能な暴力ではない。情報を求めて動いている」


 三國が頷く。


「たしかに、あのレベルの人間を潰すのは……惜しい気がしますね。利用できるならその方が合理的です」


「情に流されるなよ」


 鬼島の声が鋭くなる。


「私は捜査官として話しています」


 岬は一切動じず、冷静に答えた。


「敵であっても、破壊よりも利用のほうが効率的だ。今の公安が必要としているのは、力じゃなくて柔軟性です」


 鬼島は唸るように黙り込み、視線を逸らした。


「……今の段階では判断できん。ただ、現場で判断を誤るなよ」


 会議の後、三國が廊下で岬に声をかける。


「岬さん、本気で怪盗エルのこと、わかりあえるって思ってるんですか?」


 その問いに、岬は一瞬だけ返答に詰まった。なぜかここで断定してしまいたかった自分がいた。


「……わからない。だが、そう願っている自分がいる」


 *


 翌朝、いつものようにパン屋へ向かった岬は、入口の前で足を止めた。


 扉に手をかけたそのとき、ちょうど反対側から誰かが入ろうとしてきた。


 「岬じゃないか……大学以来だなぁ」


 そう声をかけてきたのは、久賀貴道だった。


 「あいかわらず、真面目な顔してる」


 岬が返す前に、久賀は口元だけで笑った。その声音には軽さがあったが、言葉の端々には意図的に何かを試すような響きがあった。


 「久賀……? なぜお前が、こんなところに?」


 岬の問いに、久賀はにやりと笑う。


 「さてね。偶然、かもよ」


 「……天下の久賀財閥御令息が、郊外のパン屋に?」


 岬の目がわずかに細まる。問いの温度は変わらず低いままだが、その視線は明らかに探るような鋭さを帯びていた。


 だが、久賀はまったく動じた様子を見せなかった。視線を正面から受け止めたまま、肩をすくめるように言葉を継ぐ。


 「ここのミルクフランスが、うちの祖母の定番でね。俺も悪くないと思ってる」


 店内に入ると、楓がレジの奥から顔を上げた。


 そして、久賀と岬が並んで入ってきたのを見て、一瞬だけ目を見開いた。


 「……あれ? おふたりって……」


 久賀が先に言葉を返す。


 「さっき、店の前でばったりね。実は大学時代の友人で」


 久賀はにこやかに笑った。楓の反応を和らげるような、どこか場を和ませる表情。


 「楓さん、いつものあるかい?」


 「ミルクフランスですね」


 手際よく袋に詰める楓。


 岬はその光景を静かに見ていた。


 「最近はお忙しそうですね」


 「いえ、変わらずですよ」


 「そっか。祖母もここのパンを楽しみにしててね。楓さんが作ってるって聞いたら、余計に嬉しがってた」


 久賀と楓が、まるで以前から知り合いであったかのように談笑している。


 彼女が見せたことのない表情。ゆるむ口元。さりげない会話。


 岬の中に、強い焦燥感が走った。


 (なぜ、こんなに自然に——)


 久賀が袋を受け取り、岬に手を振った。


「じゃあお先に」


 「ありがとうございました」


 楓は小さく頭を下げて久賀を見送り、扉が閉まる音を聞いてから岬の方へ向き直る。


 「えっと……岬さんは、ジャムパンですか?」


 岬は眉間にしわを寄せ、言葉を選ぶように口を開きかけては閉じる。


 どうしても、聞きたくないのに気になってしまう。そんな自分に苛立ちながら、ついに問いがこぼれた。


 「……仲がいいのか?」


 不意に、その問いが口を突いていた。


 楓は少し驚いたように振り向く。


 「……え?」


 岬はカウンター越しに一歩踏み出し、楓の手首にそっと触れた。


 「久賀と——君は、どういう関係だ?」


 その声は、いつものように冷静だったはずなのに、どこか荒れていた。


 楓は答えず、ただ静かに岬の手を見つめていた。

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