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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第10章 交錯

 求人を出してから数日後、新人バイトが面接にやってきた。


 「おはようございます! 面接に来ました、青野佳澄です!」


 ドアを開けて飛び込んできたのは、エネルギーそのもののような笑顔を持つ若い女性だった。明るい茶髪をハーフアップにして、大ぶりのイヤリングが揺れている。制服のスカートは短めで、ピンクのスニーカーが目を引いた。


「おはようございま〜すっ♪ 面接に来ました、青野佳澄って言いま〜す!」


 声は高く、元気いっぱいで、その場の空気を一瞬で明るくした。


「パン屋さんで働くの、ほんとず〜っと憧れでぇ。朝のパンの匂いとか、焼きたての音とか、もぉ〜最高なんですよぉ!」


 調子の良さと軽快さが前面に出ていて、安達が思わず笑ってしまう。


「元気いいな。楓ちゃん、どう思う?」


 安達の問いに、楓は淡々と頷いた。


「問題ないと思います」


 それが、計算のうちであることを悟られないように。


 こういう天然っぽくてかわいい子は正直苦手だ。でも、楓の目的のためにはこの方が、むしろ都合がいい。


 ——岬の視線を逸らすために。


 *


 帰宅、楓はアジトのPC前に座り、アールに指示を送った。


「佳澄のSNSアカウントに、“それらしい”情報を仕込める?」


『はい。彼女の過去の投稿と関連性が高いテーマに偽の投稿ログを挿入します。怪盗エルと同じ標的に関心を持っていたように見せる処理も可能です』


「証拠っぽい画像ファイルも混ぜて。出所不明なやつ」


『承知しました。サーバー上に匿名リンクを経由し、“偶然アクセスした”痕跡も残しておきます』


 楓は短く頷いた。


「……これで、岬の目は逸れる」


 前のループで、岬が楓に関心を持ったのは、楓が“怪盗エル”だとバレてしまったからだ。 なんとか肯定はせずにやり過ごしたとはいえ、彼の目には確かに楓が“特別な存在”として映ってしまっていた。だから、バレなければ関心は持たれない——そう信じて、今回は“別の誰か”をエルに仕立て上げる。


 佳澄のような目立つ存在に疑いが向けば、岬の視線は自然と逸れる。彼が「見てしまったもの」にしか興味を持たない性質であることを、楓は何度も観察してきた。


 完璧なフェイクを演じさせることで、岬の探る目をそちらに向けさせる。


 それだけで、今度は恋に落ちずに済む。


 *


 そして狙い通り、岬は佳澄に接触し始めた。


 昼間のレジ前、楓と佳澄がパンの会計をしていたときのことだった。 岬が会計待ちの間、ちらりと佳澄のほうに視線を向ける。


「君が……」


 その言葉を聞いた瞬間、楓の背筋に冷たいものが走った。


(“君が、怪盗エルなんだろう?”……)


 記憶に焼きついたあのセリフ。 楓はわずかに首を傾け、岬の動きを見守った。


 しかし、岬の口はそこで止まり、次の言葉は出なかった。 代わりに、彼は何事もなかったようにパンを選び、会計を済ませて立ち去った。


(……言わなかった)


 迷いがあるのだろうか。それだけでも、楓の作戦は成功と思える。


「なんだったんですかね〜えっとぉ、常連の岬さん、でしたっけ?」


 楓は小さく瞬きをしてから、


「……そう」


 とだけ返し、佳澄の顔を見ようとはしなかった。 無意識のうちに、トングを握る手に少し力がこもっていた。


 *


 それから数日後、楓がレジ裏で伝票をまとめていたときのことだった。 ふと顔を上げると、店の一角で岬と佳澄が向かい合って立っていた。


 佳澄がにこにこしながら何かを話し、岬は珍しく微笑を浮かべながら頷いている。


「ほんとですか〜? それ、超カッコいいじゃないですかぁ!」


「……そういうことに、興味があるんですか?」


 岬の問いに、佳澄は嬉しそうに顔を輝かせた。


「ありますありますっ! なんか、お昼にラーメンの話してたじゃないですかぁ? ああいう、こだわり強い系の人って、めっちゃ好きなんですよぉ〜♡」


 岬はわずかに眉を上げて、笑みをひとつ漏らした。


「……なるほど。変わった人ですね」


 佳澄の甲高い声に、岬が軽く視線を逸らす。


(……なに、それ)


 楓は一瞬、トレイごと手を止めた。 とっさに視線を逸らし、レジ台の陰に身を引く。


 まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような動揺が、胸をざわつかせた。


(……やるな)


 佳澄は本当にただの明るい子かと思っていたが、その振る舞いは自然で、どこか計算すら感じさせた。


 そして、思いもよらぬ感情が芽生える——嫉妬。


 楓は、佳澄と岬が談笑する様子に、胸の奥がもやつくのを感じていた。


 あの岬が、誰かにあんなふうに微笑んでいる。


 岬が、佳澄に向かって微笑んだ。


「……今度、食事でもどうですか」


 あの時と、同じだ。


 岬のその言葉の音に、楓は背筋が凍りつくのを感じた。


 *


 後日、パンの成形をしていると、佳澄がふと近づいてきて、こそっと言った。


「ねえ楓さんってさ、岬さんのこと嫌いで、好き、なんですか?」


 楓はトングを止めた。


「……何の話」


「私のこと、岬さんに近づけようとしてますよね?」


「——別に」


「岬さん、かっこいいですよねぇ? 私、わりと本気で好きなんですけどぉ。いいんですかぁ?」


 楓は一瞬、言葉を失った。


 こんなにも軽やかに、核心に触れてくるとは思っていなかった。


「あなた、何者なの?」


「私ですか? 」


 佳澄は小さく笑って、片目をつぶった。


「怪盗エルのファン、です♡」


 その言葉の裏に、どれだけの真意があるのか——楓には、まだ見えなかった。

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