表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

プロローグ

あなたの隙間時間を埋めるお手伝いをします。

気軽に楽しめるひとときを、ここで見つけてください。

 瓦礫の海が広がっていた。

 ひしゃげた鉄骨が空に突き刺さり、崩れ落ちたコンクリート片が山のように積み重なっている。

 まるで大地が嘔吐したかのような無秩序な光景。

 壊れた冷蔵庫、泥まみれの布団、ランドセル……本来ならば生活を彩っていたはずのものが、ひび割れたアスファルトの上に無惨に打ち捨てられていた。

 風が吹けば、何かが崩れるような音がどこからか響く。

 音のした先には、女が居た。

 その女は、ひと目でただの人間ではないとわかる、特有の気配をまとっていた。

 肌は雪のように白く、深紅の双眸は、まるで燃えるルビーのよう。

 白銀の髪は肌の色よりもなお眩く、貴金属の輝きを思わせる。

「一人にさせてくれる?」

「見慣れない光景を見てショックを受けたか。なに、すぐに慣れる。いずれこの光景が物質界全体に広がるのだからなぁ。フゥーッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 隣に立つ男の不快な声が、耳の奥を刺すように響いた。

 女は、その下品な高笑いに思わず眉をひそめる。

 ――今すぐにでも耳を塞ぎ、この男の声の届かない遠い場所へ消え去ってしまいたい。そう女は強く願った。

 しかし、この男を無碍にすることも出来なかった。

 女が世間を知らない、世の汚れを知らない、箱入り娘だったから。

 男の本性を知らないまま、周りに言われるがままに、婚約してしまったから。

「どうしてこんなひどいことを出来るの」

「フゥーッハッハッハッハッハッハッハッハ! 愚問だな、我が婚約者よ。出来るからやるのだ。まずは侵略し、興が乗れば支配者としてこの地を管理してやってもいい」

 ――気持ち悪い。

 この男の吸って吐いた後の大気の中に居る事さえ、気持ち悪い。

 息をするたび、腹の中をぎゅっと掴まれているような不快感がして、思わず口を手で押さえる。

「失礼するわ」

「おや、少し刺激が強すぎたかな」

 女は、男に背を向けて足早に駆け出す。

 吐くために、いいえ、逃げるために。

 しばらく走っていると男の姿が見えなくなり、ようやくほっと息をついた。

 目の前には依然として瓦礫の山が広がっていた。

 ポタ、ポタ――。

 瓦礫の先端から滴り落ちる赤い雫が、地面に血だまりを広げていた。

 ゴメンナサイ。

 女はその惨状に、思わず顔を伏せた。

 そうして歩いていると、およそ生命の気配を感じられない廃墟の中、赤ん坊の声が聞こえた。

 周りを瓦礫に囲まれる中、その赤ん坊は奇跡的に無事なようだった。

 女は赤ん坊を抱きあげようとした。

 そこでふと、自らの手がこの世界の物質に触れられないことに気づく。

 赤ん坊に触れるためには、自らの身体組成をこの世界の物質に組み替える必要があった。

 女にとってそれは難しいことではなかった。

 児戯にも等しい、物心ついた頃には自然と出来たことだった。

 赤ん坊へと伸ばした手の指先に、何かが触れる。

 それは赤ん坊の手だった。

 握ると壊れてしまいそうな、小さな手だった。

 女は驚いた。

 まだ自らの手の身体組成を組み替える前だったから。

 この世界の物質ではない、アストラル体と呼ばれる身体組成のままだったから。

 赤ん坊に握られた指先が、この世界の物質、マテリアル体へと変質するのを感じる。

 指先から始まった組成の変化が、徐々に全身にまで広がっていく。

 何故、この子にそんなことが出来る?

 自らの身体組成ならいざ知らず、他人の組成を組み替えるなんて。

 疑問に思ったけれど、今は考えるより他に優先すべきことがあった。

 放っておいたら、きっとこの赤ん坊は生きられない。

 小さくて可愛らしい、繊細で柔らかく、そして温かい手。

 握り返すと、赤ん坊はきゃっきゃっ、と笑い声をあげた。

 目の奥から熱いものがこみ上げる。

 女は赤ん坊を抱きあげると、静かに決意した。

 罪滅ぼしにもならないかもしれないけれど、数えきれないほどの命を奪っておいて、今更一人を救ったところで何も赦されはしないけれど、この小さな命の灯だけは、護ってみせると。


ここまで読んでくれて、ありがとう。

あなたの今日が、笑顔と幸運に包まれますように。

素敵な一日になりますよう、心から願っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ