人が人である限り
「逃げなかったのだな。女王」
その言葉を受けながら女王は冷たい視線で反逆者を見つめる。
「賢者とさえ呼ばれた公が何故このような蛮行に及んだ?」
相対する反逆者は答えた。
「知を持って判断した。機があると」
剣を片手に近寄る反逆者に女王はさらに問う。
「王位を望んだか」
「愚かだと思うか?」
渇望を形にしたような声に女王は首を振る。
「人の歴史だ。愚かだと断ずるつもりはない。しかし」
「しかし?」
剣を喉元に当てられながらも女王は気高く告げた。
「忠告をしておこう」
「面白い。聞かせてもらおう」
僅かな間。
最中、数多の破壊音や悲鳴が響く。
「一度きりにしておけ。力を用いるのは」
鋭い視線に自らが刃を突きつけられているような感覚になりながら反逆者は先を促した。
「人が人である限り力に知が負け続けることはない」
直後、女王の首が刎ねられた。
血を吹き出しながら転がる骸を見つめながら、新たな王は呟いた。
「聞いて損をした」
血まみれの玉座に座りながら王は自らの力に酔いしれた。
機が熟し行動に移した。
しかし、行動が出来たのは力があった故だ。
「これを見ても知に力が負けるとでも言うつもりか? 死人が」
骸は何も答えなかった。
十年程の時間が流れた。
「逃げなかったのだな。暴君め」
その言葉を受けながら暴君は小さく微笑み、民草たちから勇者と呼ばれている少女を見つめながら問う。
「女王の娘か」
「よく知っているな」
夜よりも深く、刃よりも冷たく、少女の声は響いた。
「知っているさ。全てな」
彼女には自分を殺す宿命がある。
そして、人々はそれを支持する理由もあった。
それ故に彼女は勇者と呼ばれるようになったのだ。
自分の下へ歩み寄る死を見つめながら暴君は問う。
「王位を望んだか?」
「愚かだと思うか?」
言葉は同じ。
しかし、渇望に満ちたかつての自分と違い少女からはその気概が一切感じ取れない。
「愚かだとは思わん」
「当然だろう。平和を望む行為を愚かだと言われてたまるものか」
暴君は笑みを深める。
何もかも自分と違う。
「貴様に忠告をしてやろう」
「いらぬ」
そう言いながら少女の剣は暴君の心臓を正確に貫く。
「力を使うのは一度きりだ」
命が消え去る僅かな時間の中で暴君はなおも微笑んでいた。
「見事だ」
虚ろになっていく意識の中で暴君の心にあの日の女王の言葉が蘇る。
『人が人である限り力に知が負け続けることはない』
彼女は正しかった。
力で国を維持し続けることなど不可能だった。
故にこそ人は知を持って国を維持するのだ。
何故なら、ほぼ全ての民草は自分自身で考えることを放棄するほどに愚かであるから。
愚かだからこそ、力ではなく知で抑えるのだ。
「力なぞ、使うものではないな」
「当然だ」
少女は死にゆく暴君へ告げた。
「人が人である限り、知恵こそが人間に最も効く暴力なのだから」
巡り巡って自分に返ってきた言葉を胸に反逆者は静かに世を去った。