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第9話『クジラは宇宙で歌う』

 お好み焼き屋で空腹を満たしたケイスケとゲイル達は、そのまま店を出て数軒先の小さな個人店に入った。


「うーす。爺さんやってるかー?」

「あ! ケイスケ君! 何しに来たの!?」

「んだよ。お前かタマ」

「ちょっと! タマって呼ぶの止めてよ! アタシにはちゃんとタマキって名前があるんだからね! 猫じゃあるまいし」

「すまんすまん!」

「もー! すっごく傷ついたので! 今日は十冊買って帰って下さい!」

「はいはい、分かった分かった」


 ケイスケは腰に手を当てて怒った様な顔をしているタマキに謝りつつ店の中に入り、順番に本棚を見ながらタマキに話しかけるのだった。


「そういや爺さんはどうしたんだよ」

「お爺ちゃんなら近所の公園でゲートボールよ。ゲートボールぅ! 孫に店番押し付けて!」

「ロクでもねぇ爺さんだな」

「ホント。これから世界が滅ぶかもってんのに、遊んでばっかりでさ。あー! もう! アタシも彼氏欲しいー欲しいー欲しいぃー!」

「結局お前も遊ぶんじゃねぇか」

「違うモン! どうせ遊園地はどこも閉まってるし、映画館もやってないしさっ! 最後に彼氏とイチャイチャしながら終わる瞬間を待つの! ロマンチックでしょ!」

「へーへー。マロンマロン」

「もー! バカにして! 見てろ! とんでもなくイケメンで格好良くて、美形の彼氏作ってやるからな!」

「見事に顔しか見てねぇな」


 ケイスケはタマキの話を鼻で笑いながら、本棚から一冊の本を取り出した。

 きょうりゅう図鑑と書かれたその本を広げ、ふむと顎に手を当てる。


「ゲイル。ちょうど良いのを見つけたぞ。おい、なーに暗い顔してんだよ」

「あ、いや、すまない。どれだ?」

「これだ。コレ。ホレ、見てみろ。これが図鑑という物だ」

「ふむ?」


 ゲイルはケイスケに渡された古びた本を開き、ふむふむと頷きながら内容に目を通す。

 そしてそれはゲイルだけでなく、ゲイルの仲間たちも同じであった。


「図鑑探してたの?」

「あぁ」

「ふぅーん。恐竜の図鑑なんて別に珍しいモンでも無いでしょ」

「そりゃあ、お前。どうせなら知り合いの店に金を落としたいだろ?」

「ナルホド。ありがとうございまぁーす!」

「おーおー。苦しゅうない。苦しゅうないぞ」


 ケイスケは財布から何枚かのお金を取り出し、レジカウンターの上に置き、タマキがそれを拾って枚数を確かめる。

 が、どうやら図鑑の代金に対してお金が大分多いらしく、タマキは首を傾げるのだった。


「ケイスケ君。遂に数も数えられなくなっちゃったの? かなり多いよ?」

「バカにするんじゃないよ。数冊買ってくからな。その分の代金だ」

「あらーホントに買ってくれるの。ステキー! 恋しちゃうかも~」

「あ。申し訳ございません。ワタクシ。お子様は恋愛対象、外! なので」

「おい! 言い方! なんでそんな丁寧な口調で、無駄にガイ! を強調して言った!」

「何? ご不満だった? しょうがないな」


 ケイスケは咳払いをすると、真剣な顔でタマキを見つめ、重々しい口調で語り掛ける。


「タマキ。君の事はとても魅力的な女性だと思っている。正直、こうして話しているだけで緊張し、上手く言葉が出ないくらいなんだ」

「え……どきどき」

「でも、それも君が後、十年は成長した後の話。今の君は! 僕にとって! 弁当屋の弁当に乗っているタンポポくらいの存在なんだっ! だから君と恋愛をする事などあり得ない。分かったかね?」

「よく! 分かりました!! このバカぁ!」

「ワハハ。年上に憧れる気持ちも分かるがな。同年代をもっと見なさい。若人よ。高校生の恋愛は高校でしか出来んぞ」

「ちぇー。お洒落なカフェとか、レストランとかでデートしてみたかったのになー」

「へっ。そういう所に行きたきゃ誕生日にでも連れてってやるよ」

「え!? ホント!?」

「あぁ。引くほど高級な店に連れてってやる」

「うぇ、それは……ちょっと」

「我儘なガールダネ。君は」

「だってぇ」

「はいはい。その辺の値段も味もそれなりの寿司屋に連れて行ってやる。好きなだけ食え。花より団子ガール」

「いえーい!」


 タマキととりとめもない会話をしていたケイスケは、自分たちを見ているゲイルに気づき、ゲイルの元へ向かって行った。


「どうしたんだよ。図鑑はもう見終わったのか?」

「あぁ」

「なら声掛けてくれりゃあ良いのに」

「まぁ、随分と楽しそうに話していたからな」

「タマキとは、アイツが生まれた時からの仲だからな」

「おー! なんだなんだエッチな話してるのかー!?」

「してねーよ!」


 ケイスケはタマキの問いかけにカラカラと笑いながら声を張り上げ、そんな二人を見てゲイルは何とも言えない顔をするのだった。

 しかし、ケイスケの興味が図鑑を見ているゲイルの仲間たちへ移った事で、ゲイルもそちらに視線を向ける。


「それで? 図鑑の方はどうだったんだよ。ちゃんと見たのか?」

「無論だ。見たし、理解もした」

「そりゃ良かった。んで? どんな感じだ」

「あぁ。君が言っていた意味が分かった。情報の羅列ではなく、必要なのは物語か」

「そうそう。そういうこっちゃ。理解が早くて助かるよ」

「いやいや。ここに来るまで分かっていなかったからな」


 先ほどの姿は何処へ行ったのか。

 ゲイルは興奮した様子でケイスケに語り、やや落ち着いてから更に言葉を続ける。


「大いなる銀河にはな。クジラが居るんだ」

「クジラ? 宇宙にか」

「そうだ。彼らは星すらも飲み込む様な大きさで宇宙を泳ぎ、淡い光を放ちながら、透き通る様な歌を歌うと言われていた」

「ロマンチックねぇ」

「クジラの歌か。しかし、宇宙で音は響かないだろう?」

「え!? そうなの!?」

「君はもっと勉強をしなさい。タマキ君」

「勉強出来ても彼氏は出来ないもん!」

「はぁー、ったく。良いか? 本屋の娘。音ってのはな。空気とかを振動させて届けてるんだよ。んで? 宇宙は何がある? タマキ君」

「ロマンがあります!」

「はい。その通り。宇宙には空気がありません。なので、音が伝わらない訳ですね」

「無視するなぁー!」


 ケイスケはタマキと漫才の様なやり取りをした後、ゲイルに視線を向けた。

 クジラが歌う理由を確かめる為に。


「あぁ。クジラの歌が聞こえるのはな。彼らの光を宇宙船のコンピューターが音と認識していたからなんだ」

「……なるほどな。確か、宇宙船のコンピューターは常に最適な答えを提示するんだったな? それで、光ではなく、音を艦内に伝えたって事か」

「そういう事だ」

「はぁー。不思議な事もあるもんだねぇ」

「理解してるのか? タマキ君」

「いいえ! まったく分かりません!!」

「はぁ……大丈夫なのかね。この娘は」

「大丈夫だよ。何がどうってのは分からないけどさ。頭の中で何となくイメージ出来るモン」

「何が」

「クジラでしょー! クジラの話してるんだから!」


 タマキは怒りで叫んだ後、近くに置いてあったペットボトルから水を飲んで小さく息を吐いた。

 そして、落ち着いた表情で座りながら緩やかに語り始める。


「クジラはね。楽しいんだよ。宇宙を泳ぐのがさ」

「だって、当然だよね。周りには黒くて暗い宇宙しかないのに、その向こうには輝くいくつもの星の海が広がってるんだもん。そりゃ楽しくて歌も歌うよ」

「でもさ。宇宙は声が届かないんでしょ? だからクジラは楽しい! っていう気持ちをどうにか伝えたいって思って、光ったんじゃないかな」

「そんな気持ちを宇宙を行く船が見つけて、歌声を届けた。私はそう思うな」


 柔らかく優しい声で語るタマキにケイスケは無言のまま笑みを深め、ゲイル達は静かに目を閉じながらクジラを想うのだった。


「そうだな」

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