第8話『お好み焼きと宇宙人』
ケイスケが宇宙船に来てからかなりの日数が過ぎた。
あれからそれぞれのカードを作り始めたケイスケであったが、それは酷く忍耐のいる作業であった。
彼らがカードにしたいと望む者の情報を聞き、それらの情報を元にカードを作り、それをパソコンで形にして、ある程度枚数が集まったら印刷。
そして、印刷した紙を、カードの形に切り取り、ケイスケが持ってきた大量のスリーブケースに入れ、実際に戦って確かめる。
地味で、疲れる作業であったが、不思議とケイスケたちの心には楽しいという感情が満ちていた。
それは創作の楽しみであり、まだ未知の塊であるカードゲームが少しずつ形になってゆく喜びでもあった。
「んー、んー? んー!」
『どうしたケイスケ。そんなに悩んで』
「いやな? 何かカードにするネタはねぇかなって宇宙生物図鑑を見ていたんだが……学術的な情報ばっかりで面白くねぇ!」
『図鑑なのだから面白さは必要ないだろう』
「かー! 分かってないねぇー! ワクワクを思い出せゲイル!」
『思い出せも何も、私は初めから面白くない物しか知らん』
「あー、なんて勿体ないんだ! おい! ゲイル! 出かけるぞ!」
『出かける? 何処にだ』
「本屋に決まってんだろ! 俺が本物の面白い図鑑って奴を教えてやる! どうせカード作りで何日も引きこもってて疲れてたからな! ちょうど良いだろ!」
『まったく。仕方のない奴だ。しかし、これもカードを作る為。行くとしよう。ところで、例のお好み焼きが美味い店とやらはその店の近くにあるのか?』
「あー。ついでだし。そっちにも行くか」
『よし。ではすぐに行くぞ!』
「行くぞ。じゃねぇよ変装くらいはしろ。店の婆ちゃんが腰抜かすぞ」
『うむ……仕方ない。良いだろう』
「よし」
『ちょ、ちょちょっと! ゲイルだけ行くつもり!?』
『そのつもりだったが』
『一人で行くのは無しでしょー』
『そうだそうだ! 独り占めにするな!』
『仕方ないな。宇宙船は自動運転にして、皆で行くか!』
『『『いえーい!』』』
「よっし! 地上へ行くぞ!」
それからゲイル達は地球人の姿に偽装し、ケイスケと一緒に船を降りて街を散策する事にするのだった。
「おい。ケイスケ。これはなんだ。食えるのか!?」
「当然だ。かつお節無くしてお好み焼きはない。ソースと、マヨネーズと、ほれ!」
「お、おぉ。では食ってみるか……あっ! あっつ! あっつ!!」
「ワハハ、どうだ? 美味いか?」
「熱すぎて、分からんわ!!」
笑いながら怒るゲイルに、ケイスケは腹を抱えながら笑い、ゲイルの仲間たちはゲイルの反応を見ながら、少し冷やしてから食べる決意をするのだった。
そして、実に楽しそうに笑っているケイスケに、店の店員であるお婆さんが話しかける。
「ケイスケちゃん。今日も元気だねぇ」
「あぁ、婆ちゃん。悪いな」
「良いんだよぉ。ケイスケちゃんたちが遊びに来るとねぇ。店が明るくなったみたいになるから」
「ワハハ。そっかそっか。そりゃ良い。あ、そうだ。婆ちゃん。家の方は大丈夫か? 爺さんが亡くなってから色々出来ない事もあるだろ。今なら何でもやるぜー」
「あら、そう? じゃあね。奥の部屋の電球を変えて貰えるかしら」
「了解だ。電球はいつもの場所か?」
「そうよぉ」
「んじゃ、ゲイル達はそのまま食っててくれ。俺は変えてくるからよ」
「なに!? お、おい!」
ケイスケは笑いながら座敷から地面に降りて軽快に飛び跳ねながら奥の部屋に向かっていった。
その余りの早さにゲイルは何も出来ぬままただ見送る事しか出来ないのだった。
そして、中途半端に手を伸ばして固まっていたゲイルに店のお婆さんが声をかける。
「ケイスケちゃんのお友達は、焼きそばも食べる?」
「焼きそば? 美味いのか」
「えぇ、えぇ。それはもう美味しいよぉ」
「ではいただこう」
「はいはい。待っていてくださいねぇ」
ゲイルの言葉にお婆さんはゆっくりとカウンターの向こうで焼きそばの準備を始める。
その姿を見て、ケイスケとの話を思い出して、ゲイルはお婆さんに声を掛けていた。
「作業中にすまない。ご老人」
「はいはい。何かしら」
「この店には貴女一人しかいないのか?」
「えぇ、そうねぇ。お爺さんはちょっと前に亡くなってしまったから。今は私一人ねぇ」
「……では、銀河連合への参加も難しいだろう。私が代理して登録しようじゃないか」
「銀河連合? あぁ、あのテレビでやっていた奴ねぇ」
「そうだ。赤子や老人や病人など、動く事が難しい者は代理で登録する事も許可している。無論何かしらの証明は必要だがな。しかし、貴女はこの私が保証する」
「よく分からないけれど、私の事は気にしなくても大丈夫よぉ。私は銀河さんの所へ行くつもりは無いの」
「な、何故だ!? 登録しなければあなたは命を失うのだぞ!?」
「そうみたいねぇ」
「それに、この味を失うのは銀河的な損失だ。先ほどは暑すぎて殆ど食べられなかったが、それでも美味さは分かる。それに私の仲間たちは会話もせず食べている。美味い料理を作る。それはとても偉大な事だ」
「味を褒めてくれるのは嬉しいわ。お爺さんと一緒に作った味だからねぇ。でも、お爺さんも居なくなってしまったし。一人というのも寂しいじゃない?」
緩やかに語られるお婆さんの話に、ゲイルはそれ以上何も言えぬまま、目線を台の上に落とした。
そこにはまだ熱々の鉄板で熱せられているお好み焼きがあり、ケイスケのまぶしたかつお節が踊っている。
その光景自体に意味はない。
が、ゲイルには酷く悲しい姿に見えてしまうのだった。
「おーす。婆ちゃん。終わったぜ。って、なんだ。焼きそばも用意してくれてんのか? ありがてぇなぁ」
「ケイスケちゃんはお爺さんの焼きそば好きだったものねぇ」
「まぁ爺さんの焼きそばは世界一だったからな。ワッハッハ」
「あらあら。お上手な子ねぇ。ちょっとおまけしてあげましょ」
「お。ありがてぇ! ありがとな! 婆ちゃん!」
そして、お婆さんから焼きそばを受け取り、鉄板の上で焼き始めるケイスケにゲイルが微妙な目を向ける。
まるで何かを求めるかの様に。
「ケイスケ」
「んー? なんだ」
「あのご老人が銀河連合へ参加しないという話を聞いた」
「あぁ、そうか。まぁ、そうだろうな」
「分かっていたのか!」
「まぁ、俺がガキの頃からの付き合いだからな。おーい! 婆ちゃんもこっちで一緒に食おうぜ! 昼飯まだだろ?」
「あら、良いのかい」
「当然だよ。俺の鉄板技術。見てくれって!」
「あらまぁ。それはお婆ちゃん厳しく採点しちゃうわよぉ?」
「へへ、望むところだよ」
ケイスケは巧みに焼きそばを鉄板の上で焼きながら、お婆さんと談笑しつつ昼食を食べる。
そんな姿をゲイルはジッと見ながら、やはりどこか納得の出来ない顔で、焼きそばを食べるのだった。
「うまい」
「だろ? 暗い顔してないで、美味いモン食う時はそれらしい顔をしろ!」
「あぁ……分かっている」
「ホントかよ。顔が死んでんぞ!」
ケイスケに煽られながら、ゲイルは少しずつ嬉しそうな顔で焼きそばを食べているお婆さんを見て、口元に笑みを作りながらお好み焼きと焼きそばを食べた。
そして、その味にやはりどこか重い表情で小さく呟くのだった。
「美味い」
「だろ? この天才ケイスケの自信作だからな」
「でも点数は70点ね」
「なにー!? そんなモンかよ! もっといけるだろ!」
「あらあら。お爺さんの鉄板なこんな物じゃななかったわよ」
「それを言われると弱いんだよなぁー!」
ただ、ゲイルは静かに目の前の光景を見て、口にお好み焼きを運ぶのだった。