第5話『それぞれの事情』
『パートナーカード』なるカードを作ったケイスケであったが、それだけで戦える訳も無く、他のカードを作っていく事になったのだが……。
「んー。とりあえず今日作るのはここで終わりだな」
『そうなのか?』
「あぁ。もうだいぶ良い時間だしな」
ケイスケの言葉にゲイルが時間を確認すると、既にケイスケとゲームを作り始めてから半日以上の時間が過ぎていた。
だいぶ熱中していたらしく、過ぎていた時間の膨大さにゲイルは目を見開いた。
『まさか、これほど時間が過ぎていたとはな』
「あー、わりぃな。仕事の邪魔したか?」
『いや、それについては問題ない。私の仕事は君達地球人との対話だからな。今君と話をしている時間も、ゲームを作っている時間も仕事をしている様なものさ』
「なら他の雑務とかはどうしてんだ? 全部部下がやってるのか?」
『いや。宇宙船を動かすのも銀河連合への参加対応も、全て機械任せだ。決まりきった作業は機械にやらせた方が早いし、効率も良い』
「そりゃそうか。ならこうして話をしていれば良いってワケか? そりゃいい」
『ふっ、そうは言うがな。突然話をさせろなんて言って乗り込んでくる奴も居るからな。機械には任せられない難しい仕事さ』
「へっ」
ケイスケはゲイルの物言いに笑い。
ゲイルもまたケイスケの反応に笑みを深める。
まるで昔からの友人の様に二人は同じ温度の中で笑っていた。
『しかし……ふむ』
「どうした?」
『いや、確かに考えてみればお前向きの仕事かと思ってな』
「異星人の星に乗り込んでゲームをしよう! なんて言うのか? それが仕事?」
『あぁ』
ケイスケは座っていた椅子のキャスターを動かしながら両手を頭の後ろで組んでゲイルを見上げ。
ゲイルは愉快そうな顔をしながらケイスケに語り掛けた。
『我々銀河連合はな。争いを起こしたくないのだ』
「ふむ?」
『だからこそ、君たちが抵抗しようと考えない様に初手で全てを塞いだ。兵器を無力化し、逃げ道を用意して、抵抗の心を折った』
「あぁ」
『しかし、まぁ。兵器を持たず乗り込んでくる奴が居たことは……まぁ次回への学びだな』
「……なぁ、ゲイル」
『なんだ?』
「聞かせてくれないか。何故そこまでして俺達地球を、銀河連合へ参加させたいのか」
『あぁ、そうだな』
ゲイルは腕の一つを動かし天井から水の塊で出来た二つのクッションを落とし、ケイスケにも座る様に促す。
それはここから長い話が始まるという合図でもあった。
『遠い昔、我々が銀河連合を作る前、銀河の彼方では大きな争いがあった。多くの命が失われ、多くの星が塵となった』
「戦争か?」
『そうだ。そして争いの原因はな。対話の不足と、各星の驕りだった』
「自分が宇宙の支配者に相応しい……みたいな感じか?」
『まぁ、そうだな。星の中で支配者となれば、誰もが驕るモノさ。私の先祖も同様であったしな』
「だが、お前の英雄は違ったんだろう?」
ケイスケは顔を上に上げながらパソコンの方に視線を送った。
そう。そこにはゲイルと同じ名の英雄がカードとして記録されている。
『そうだ。彼は偉大な英雄だった。増長し続ける者たちを諫め、対話と協調を訴え続けた。同じ夢を見れば友と呼び、同じ飯を食えば家族と呼んだ。そして彼は、全ての命が手を取り合えると考えていた』
「……なら、何故全ての地球人を受け入れない」
『数だよ。ケイスケ。地球人は数が多すぎる。全てを受け入れれば、再び世界に争いの火が起きるだろう』
「放っておけば良かったんじゃないか?」
『放置した結果、力を付けた君たちに狙われる。なんて事は困るのでね』
ケイスケはジッと、静かに研ぎ澄まされた刃の様な瞳でゲイルを見据えた。
しかし、その心に憎しみや怒りは灯っていない。
だからこそゲイルにとってケイスケという人間は興味深い人間であったのだろう。
自分たちが英雄と慕う者の影がケイスケの中にある様に感じて。
「一応確認なんだがな」
『なんだ?』
「銀河連合へ参加した人間は全て地球から出ていくべきなのか?」
『いや。そんな事は無い。無論希望すれば別の星へ移動する事も出来るが、母星で過ごす事も可能だ』
「なるほどな。じゃあ俺がもし勝った時は、ちゃんと地球人と対話してくれよ。全部じゃなくて良い。お前の理想を分かってくれる奴だけで良いからさ」
『……分かった』
「俺達もな。長く同じ星の仲間で殺し合ってきた。だから、争いはもう嫌だって奴はいくらでも居るんだ。そういう奴は救ってやって欲しい」
『あぁ。無論だ』
ゲイルの答えにケイスケは笑みを返し、ようやく安心した様に息を吐いた。
張りつめていた物を解き放つ様に。
その反応に、ゲイルはケイスケの目的を悟った。
おそらくはこの一言を届ける為に、ケイスケは武器も持たず最初から対話だけを望んでここへ来たのだろう、と。
しかし、だ。
ゲイルに地球人の善き人と悪しき人を見分ける術はない。
故に、ケイスケが勝たなければこの話自体に意味がない。
が、それでも、それを理解してなお、ケイスケは挑みに来たのだろう。
僅かな可能性かもしれないが、希望を掴むために。
その姿はやはり……かの英雄とよく似ていた。
いつの間にか二人の会話は重く苦しい物となっていたが、そんな空気を吹き飛ばす様にケイスケが軽い口調でゲイルに話しかけた。
「そういえば、お前の星の話はまだ英雄ゲイルの話しか聞かせて貰って無かったな。他の話も聞かせてくれよ」
『それは構わないが……何か意味があるのか?』
「当然だ。パートナーカード作る時にも言っただろ? カードを作る為には、より深く知る必要があるって」
『ふむ』
「俺はな。知りたいんだよ」
『知りたい……?』
「そう。今はまだ英雄ゲイルはお前の中にしか存在していない」
『あぁ』
「だが、英雄ゲイルはどんな英雄だったのか。その詳細は全てカードに書き記された。ならば、お前自身の手で英雄の姿を、英雄の生き方を俺に示す事が出来るだろう?」
『……』
「星々の海を駆け抜けた英雄を、何を理想とし、どんな夢を描いて、何を成したのか。俺に見せてくれ。ゲイル」
ケイスケの静かに燃える炎にゲイルは何を想ったのだろうか。
クッションに沈めていた体を起こし、先ほどまでのケイスケと同じ様にジッと鍛え上げられた剣の様な瞳でケイスケを見やった。
『その果てには何がある』
「お前の理想とした世界か……はたまた俺が信じた未来か。そのどちらかが残る」
『……』
「だが、世界には勝ち負けを超えた何かがあるかもしれない。その未来を導く事が出来るのは俺とお前だけだろう」
『未来、か』
「そういう事だ。だが、より深く世界の真理に近づくためにはもっとカードがいる。無限に広がる世界から選び出した者達。でなければ足りないんだ。俺が作ったカードをお前が使っているだけでは足りない!」
ケイスケもゲイルと同じ様に身を乗り出して、叫ぶ。
「お前の世界を構築するんだ。それとぶつかり、俺は初めてお前の世界に触れる事が出来る。星空の様な世界から選び抜いたカードを山札に集めて、初めてな」
叫んでから、ケイスケは再びクッションに身を沈めて天井を眺めた。
先ほどまでの熱などどこかに消えてしまったかの様に。
そして目を閉じてから、小さく息を吐いて最後に言葉を残してから眠りの世界に落ちていくのだった。
「語り合おう。お前の世界と俺の世界で。正しさを超えた世界にある理想を、語り合おうぜ」
言うだけ言って眠り始めたケイスケにゲイルは呆れた様な声を漏らしながら、ケイスケが見ていたガラス張りの天井から見える無数に広がる星空を眺めた。
『そうだな。ケイスケ』