第1話 心技体、技と体は極めた。だが、心が……怖い怖い怖い怖いよママぁああ!
感想に飢えてます。感想プリーズ。
襲ってくる魔族を袈裟懸けに切り捨てる。俺の脇を抜けて門に向かおうとした魔族は、振り返りざまに無防備な頸椎を断ち切った。敵はまだまだいるがこの分では問題なさそうだなと心中で安堵する。
俺は今、魔王軍との最前線である城塞都市で防衛戦を行っている。都市には四つの門がある、その内一つでも突破されれば、都市民に被害が出る。前線都市の民とはすなわち鍛冶屋であり、技術者であり、商人であり、医者であり、娼婦であり、つまり戦争の行使に必要な人員だ。彼らを守り切らねば今後の戦闘に支障が出る、一つの門も突破されてはならない。俺の所属するパーティーは四人だったから、一人ずつ一つの門に増援として赴いた。
城門は敵の大規模魔術によって破壊されたが、俺や兵士たちの奮闘によって、魔族の侵入は防いでいる。
敵の攻勢は徐々に勢いを減じていた。
「諸君、あと一息だ! 敵は減っているぞ!」
俺が叫び声を上げると、兵士たちは呼応して鬨の声をあげた。前線に駐屯する最精鋭達は数時間にも及ぶ防衛戦の只中にあっても戦意旺盛だった。
「冒険者風情に後れを取るな。古強者どもよ、兵士の戦いを見せてやれ! 突撃、突撃! 弓隊、魔術部隊援護!」
部隊長の下知で兵士たちが盾を構えて突撃した。城壁から放たれる魔術や弓の援護のもと、兵士たちが突撃する。俺は突撃には加わらず、水筒から水を飲もうとした。その時だった。
突撃した部隊の一角から、悲鳴が上がった。見れば、盾を構えた兵士が、盾ごと両断されていた。
そこにいたのは、青い肌の細身の剣士だった、耳は長く尖っている。黒いサーコートが金糸で彩られ、袖口に飾り紋様がついていた。先ほどまでの戦いで見かけた覚えはない。この場に急に現れたようだった。高位魔族は空間転移を息を吐くように行使する。
剣士は剣を一振りして、血払いした。
周りの兵士たちは盾を投げ捨て、捨て身でその魔族のもとに殺到した。
剣士は彼らを憐れむような視線を向け、剣を振るった。たった一振りで、十人の兵士が倒れた。研ぎ澄まされた、究極の剣筋だった。
「雑兵に私は殺せない……無駄な殺生は好かない。そこをどいて欲しい。私の目当てはそこの男だ」
兵士たちは圧倒されたように後じさった
魔族は水筒を持ったまま唖然としている俺に視線を向けた。その瞳には敬意と、殺意が籠っていた。
「礼儀として名乗ろう、我が名は暁天のミクダーム。貴公を打ち倒すものだ。強き者よ、汝の名を教えてくれ」
俺は魔族の言葉を半分も聞いていなかった。先ほどの兵士たちを殺害した剣、あれは剣を極めた者のそれだ。この魔族は剣豪……いや剣聖の類。兵士たちではとても手に負えない。
「冒険者殿」
指揮官が私に声をかけた。その顔は真剣を通り越して悲痛だった。この男もこの魔族の強さが分かったのだろう。お前の出番だ、彼の瞳はそう告げていた。
あれだけうるさかった戦場がいつのまにか静まり返っていることに俺は気がついた。人間も魔族も、俺と魔族の剣士に意識を集中していた。
不意に手の力が抜けて、水筒が地面に落ちた。
兵士たちの手に負えない敵の相手をするは誰か? そんなことは決まりきっている、俺だ、俺が相手をするのだ。そのために俺たちのパーティーはこの都市に配置された。
つまり、この剣の頂にある魔族を俺が相手にするのか? 俺が? 俺が相手にする!?
全身が震える、武者震いではない。純然たる恐怖だ。
先ほどの剣の軌跡が脳内で再生される、ぞっとするほど美しく洗練されたあの光刃。たった一振りで切り殺される自分がありありと幻視された。
頭が真っ白になった。そして、その空白を埋めるように千々に乱れた思考が爆発した。形にならない言葉を俺は叫んだ。
「あ、ああ、ああああああああああああ!」
叫びながら俺は敵に向かって駆けている自分に気づいた。恐怖が俺の足を動かしたのだ。その結末がどうなるかなんて明らかなのに。
俺は渾身の力で剣を振り下ろした。それを敵は刀身の腹で受け止めた。
敵は悲しそうに呟いた。
「……残念だ。恐怖に囚われた剣では――」
何も聞こえない。ただ剣を受け止められたという事実だけが分かった。悲鳴と共に俺は剣を切り返した。
「うわああああ!」
その剣も受け止められる。
「無駄なのだ――」
さらに切り返す。
「ひょああああ!」
受け止められる。
「無駄だと――」
「ひぇええええ!」
受け止められる、切り返す。受け止められる、切り返す、切り返す、切り返す。
魔族の剣士の瞳に驚愕が宿る。だがその驚きを解釈する余裕が今の俺にはない。
「うわあああ、怖い、怖いよ! ママぁあああ!」
何度目かの振り下ろし。その一撃で敵の剣にひびが入った。
「ちっ」
剣客は大きく飛び退った。だが、俺はその動きを読んでいた。跳躍して敵に追いすがる。
「なんだと!?」
敵が目を見開いて叫んだ。なぜ自分の動きが悟られたのか分からなかったのだろう。実は俺にも分からない。恐怖に囚われた俺は何も考えられないのだが、何故か最善の動きを取るのだ。
動きを読まれたことによって生じた動揺は一瞬の隙を産んだ、その隙を逃さず、俺は敵の剣を持った方の腕を叩き切った。鮮血が飛び散る。
敵は体勢を崩して、片膝をついた。俺は荒い息を吐いて、その様を見下ろした。自分が正常な状態にないのは分かっていた、胸に手を当て精神を落ちつけようと努める。
「見事だ、敗北を認める。貴公の名を教えていただきたい」
魔族は何事か言っている、言葉を吐けるということは生きているということだ、生きているということは俺を傷つけられるということで、俺を殺せるってことだ……殺せる……つまり殺される、こ、殺される!?
俺は再び恐怖に囚われた。
「助けてくれぇえええ!」
俺は命乞いをしながら剣を魔族の頭に振り下ろした。魔族の頭は柘榴のように爆ぜた。でもまだだ、まだ安心できない。相手は魔族だ、何をしてきてもおかしくない。
俺は何度も何度も何度も何度も剣を振り下ろした。こいつを一山いくらのミンチ肉にするまでけして安心できない!
どのくらい時間俺は剣を振り下ろし続けただろう。
「エスト!」
不意に背後から名前を呼ばれた。驚きに呼吸が止まる。
「もうそいつは死んでる! もう大丈夫なんだ!」
ゆっくりと振り返った。そこにはパーティーのリーダーである魔法戦士ライナスが立ってた。
「ライナス……」
「エスト……いいか、落ち着くんだ。今からそっちに行くからな」
ライナスは慎重に近づいてきて、私の肩を叩いた。
「戦いは終わった。俺たちの勝利だ」
「終わった……?」
その言葉に周囲を見渡せば、すでに生きた魔族の姿はなかった。足元には見るも無残な死体が転がっている。その死体を見て思った。これは俺の死体ではないか。あのような剣を振るう強敵と戦って俺が生き延びられたのが信じられない。
「俺は生きているのか?」
ライナスは両手でがっしりと俺の肩を掴んだ。
「生きているとも、お前が勝ったんだ。胸を張れエスト」
「そうか、俺は生きているのか……」
俺は剣を鞘に納めようとしたが、力を入れ過ぎて握ったままの形で指が硬直していた。それが分かったのか、ライナスは俺の手に自分の手を伸ばし、ゆっくりと指を引きはがしてくれた。
「すまない」
「いいんだ」
ふと、勝利したのになぜ誰も歓喜の雄たけびを上げないのだろうかと思った。兵士たちを見ると彼らはさっと顔をそらした。その顔には恐怖と嫌悪がありありと浮かんでいる。誰に対する感情か考えるまでもない。
「行こう、エスト」
ライナスの口調は優しかった。
市の中央広場に戻ると、他のパーティーメンバーが出迎えてくれた。
「無事再会できて嬉しいわ」
魔導士のソフィアがシニカルな笑みを浮かべ手を挙げる。
「エストさん、怪我はありませんか?」
治癒術師のクレアは心配そうにこちらに近寄ってきた。
「君も無事でよかったソフィア。怪我はないから大丈夫だクレア」
クレアが小さい頭を左右に振る。
「ライナスはどこに行ったんです?」
「途中で将軍に捕まった、でもすぐやって来ると思うよ」
ソフィアは煙管を加えながら話しかけてきた。
「敵の主力はどこだったのかしら」
「私のところじゃないと思います、明らかに積極性を欠いていて助攻だと見受けられました」
「アタシのところもそんな感じよ」
俺は噴水の縁に腰かけながら、溜息を吐いた。
「俺のところかもしれない」
「強敵でもいた?」
「とんでもない奴がいた。剣の極みにいる奴だ。魔族は長命だからな、長い時間かけて鍛え上げたんだろう。最強の剣士だった」
ソフィアが煙を吐き出しながら言った。
「っていうことは、その魔族の死体は酷い有様ね」
「ソフィアさん!」
クレアの批難の声を、ソフィアは笑い飛ばした。
「事実でしょ、エストは強敵に対峙すると、相手を完全に破壊しつくすまで止まらない」
「でも……」
「別にアタシはエストを責めているわけじゃないわ。相手は魔族だもの、それぐらいでいい」
ソフィアは懐から豆を取り出し、肩に止まった使い魔のオウムに食べさせた。
「そいつ、名乗りをあげなかったの?」
「そう言えば何か言ってたが……覚えていない。戦いに集中していたからな」
「よく言うわ、ビビッて相手の言葉が耳に入ってこなかっただけでしょ」
ソフィアはからころと笑い、俺も苦笑いを浮かべる。クレアは私たち二人の顔を代わる代わる確かめた後、溜息を吐いた。
「なんにせよ、パーティ全員が無事でよかったです」
まったくだ、冒険者稼業をしていれば朝に顔を合わせた仲間が、昼には物言わぬ屍となっているなんてことはざらにある。気心の知れた仲間たちが無事に危地を乗り越え、再び言葉を交わせるのは嬉しい。
「おーい、エストー」
呼ぶ声の方を見れば、メインストリートをライナスが歩いてくるのが見えた。
近づいてきたライナスは笑顔だったが、目に気遣いの色が見える。
「落ち着いたか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「よし。じゃあみんな聞いてくれ」
ライナスは満面の笑みを浮かべた。
「エストが倒したのは暁天のミクダームだ!」
「なんですって?」
「ええ!?」
「なんだと!?」
ライナスの言葉に他のパーティメンバーが驚きの声をあげた。一瞬の静寂のあと、俺に視線が集中する。
「なんで、あんたが驚いてんのよ……」
「いや、だって暁天のミクダームだぞ!?」
暁天のミクダーム、東部戦線で驍名を馳せる魔王軍の大幹部だ。その剣の腕はよく知られており、今まで幾人もの人間の大剣豪が切り伏せられてきた。いずれ一軍をもって打倒せねばと人間達に恐れられていた大魔族……そんな大物と戦ったのか俺は?
ライナスは俺に抱きしめた。
「よくやった、エスト! 大戦果だぞ! ……? 震えているのか?」
倒した敵の名を聞いたことで、恐怖がよみがえってきた。万回やれば九千九百九十九回は俺が殺されていた。俺が今こうして息をしていることが奇跡だ。
俺は震えを抑えきれなかった。がくがくと人目にも明らかに体が振動する。
気がつくとクレアとソフィアが、ライナスの両脇から俺を抱きしめていた。
「落ち着きなさい、エスト。あなたは生き残った」
「そうです、エストさん。私たちの体温を感じるでしょ?」
仲間たちの温もりで少しずつ、恐怖心が収まっていく。
「俺たちの任期は明日までだ。帰ろう、王都へ」
「ああ、そうだな」
生きて王都の門をくぐれる。今はそれで満足するべきだった。
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