第八話 たまには朝に起きて
「プロテインやサプリも捨てるか」
今日は珍しく明里は掃除をしていた。野菜効果か不明だが、掃除ができるぐらい元気になっていた。
思えば休職してからろくに掃除をしていなかった。元々部屋の物は少ないので汚部屋ではなかったが、ホコリの多さに驚く。髪の毛もだいぶ落ちていた。
それを見ていると、髪の毛の長さも気になり、前髪を軽く切る。元々前髪はセルフカットしていたので、難なく終了。鬱陶しい前髪を切ったら、視界も開けていくようだ。
今は昼夜逆転しているが、そろそろ元の生活リズムに戻す時か。小林の一件も思い出すと、好きな事ばかりしているにも違うような……。
という事で朝に起きる事にチャレンジする。確かの夜中にあのコンビニに行けないのは寂しい気持ちもったが、二十四時間営業だ。朝行っても構わないはず。
こうして珍しく夜に眠り、朝早くコンビニに行ってみる事にした。
窓から差し込む朝日が眩しいものだ。明るい時間に外出するのは久しぶり。急に自分の容姿も気にになり出し、一応軽くメイクをしていた。
一人暮らししているアパートからコンビニまでの道は、駅とは逆だ。
これから仕事に行くと思われるサラリーマン、OL、通学途中の高校生などとは反対方面に足を進める。
駅から反対方面を歩いているのは自分一人だけ。急に「社会不適合」という言葉が頭の中に浮かんでしまったが、それでもいいか。
今は明るい時間に外出するのも、冒険。引きこもりの大邑の大冒険を思い出すと、これも最初の一歩か。
最初は険しい顔だった明里だったが、大邑の事を思い出すと、少し頬が緩む。大邑は、世間では下に見られている引きこもりだが、別の誰かの役に立っているはずだ。少なくとも今の明里は大邑の事を思い出すと、心が軽くなっていた。
そんな事を考えながら県道沿いの道を歩く。昼間と違い、車の量も多く、渋滞し始めていた。
夜の県道はこんな事はない。トラックぐらいしかない。夜と朝では県道も全く違う顔を見せて親戚だ。
秋の少し冷たい風も吹き、明里の表情もすっかり落ち着いていたが。
「あれ?」
確かコンビニのある場所にたどり着いたはずだったが、空き地だった。目の前に何もない土地が広がる。茶色い土の色が妙に際立って見える。どの角度から見ても空き地だった。
「どうして? また空き地だよ……」
意味が分からない。確かに前も空き地だった時があったが。やはり狐に化かされているのだろうか。
明里は急いで大邑や小林のSNSを見ていた。特に大邑はコンビニに行けたら事をSNSに報告していたはずだが。
「そんなのない? え、大邑さんのSNS削除されてる?」
驚いた事の大邑のSNSが消えていた。動画サイトは相変わらず引きこもり生活が生中継されていたが……。
小林のSNSもコンビニで働いている事は言及されていない。
まるで別の世界線。おそらく今の世界がリアルな世界。だったら、あのコンビニがある世界線って一体なんだ?
「お前さん、一体ここで何をしてるんか?」
「え!?」
驚いた。
空き地の前で戸惑っていると、麻子婆さんに声をかけられた。
「麻子婆さん?」
「は!? お前さん、一体何を言ってるんだ?」
声も出ない。麻子婆さんは明里の事を知らなかった。麻子婆さんはいい歳だが、認知症があるとは聞いていなかった。
信じて貰えないのは承知の上だ。明里はこの土地の事やコンビニの事を話す。
最初は不審がっていた麻子婆さんだったが、何か思い出していた。
「実は私、長らく入院して、意識もなかった時期があるらしい」
「本当ですか?」
「その時、確かコンビニ行った夢をみた。そう、稲荷って子がいた。お前さんの顔も知っている……。夢だが」
だから麻子婆さんは明里に声をかけたとも。
驚いたが、コンビニは夢世界?
「しかし夢を共有するってあり得ない」
麻子婆さんの皺がれた声が響く。もっともだ。どういう事だろう。明里は全く見当がつかない。
「まあ、昔このあたりでは神隠しがあったから」
「神隠し?」
「ここに稲荷神社があったんだよ。子供がよく消えていたらしい」
狐に化かされていたと言うより、神隠し?
この説には明里もキャパオーバー。麻子婆さんもそうだった。
「訳がわからん。私らは神隠しにあったのか? 確かにこの稲荷神社は……」
麻子婆さんは何か思い出そうちしていたが、思い出せないようだ。こめかみをイライラしながら掻いていたが、答えは出ないらしい。
「世の中には案外不思議な事があるって事かね。まあ、答えが出なくてもいいのかね?」
そう呟いた麻子婆さんは、首を傾げつつ去って行ってしまった。
「答えがない……」
一人残された明里は、呟く。
ずっと学校ので働いていた明里は、答えはない事に気持ち悪さも覚える。テストで模範解答を作り、丸とバツをつけていた。そこには一つの答えしかなかった。全部白黒つけられるものだった。
「あのコンビニ一体何なの?」
さっぱり分からない。
コンビニに行けた日のメンタルや気分を思い出すと、沈んでいた時期が多かったのも関係がsるのだろうか。
「神隠しだとしたら……。困ってたり、悩んでいたら行けるのかな?」
単なる仮説だ。それに稲荷の正体も何だろう。本当に狐だったとしても今はあまり驚かないかもしれない。