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第四話 ダブルバインドと漫画雑誌

 あのコーヒー万引き老婆、麻子婆さんがコンビニで働く光景もすっかり見慣れた。


 相変わらず不器用そうだったが、明里と会うと「いらっしゃいませ」と笑顔だし、晴人との関係も良好らしい。その笑顔を見ていたら、もう麻子婆さんも犯罪をしないだろうと思う。


 そんな事を考えつつ、今日もコンビニへ。狐に化かされているような感覚は今も消えないが、麻子婆さんもいるし、コンビニは他の客もいた。深夜なので頻繁には見ないが、ヤンキー風の若い男、メンヘラっぽい女性(これは明里自身もそうかもしれない)、エリートサラリーマン風の男などが客としてすれ違い、どうやら明里の妄想でも幻でもなさそう。


 相変わらずネットではINRIマートについては全く情報が出てこなかったが、その謎も全く不明。


 晴人の営業スマイルを見ていると何も聞けない。線を引かれているし、彼から探るのは無理そう。


 とはいえ、今日もコンビニへ向かい、ホットコーヒーを注文し、イートインスペースでちびちびと飲んでいた。


 今日はベーカリーコーナーで買ったマヨコーンパンと共に。


 ツナマヨコーンも美味しい。丸いパンの中央にたっぷりのマヨとコーン。深夜のせいか、黄色いコーンは月明かりの色にも似ている気がする。イートインコーナーの窓から見える外は、そんな月は何も見えないが。遠くの方にある街灯や信号は見えるが、ただただ暗い夜。時々トラックが通り過ぎる音が聞こえるが、静かすぎて眠くなるそう。


 思わずコーヒーを口に含む。カフェインのおかげで瞼が軽くなってきた。昼夜逆転は相変わらず治りそうもないらしい。


 口の中はコーヒーの苦みが広がっていた。マヨコーンパンの甘みがすっと消えた。すぐに再びマヨコーンパンを食べるが、余計に甘く感じる。コーヒー→マヨコーンパン→コーヒー→マヨコーンパンのループが癖になり、あっという間に間食してしまう。甘味と苦味のダブルバインドは妙に心地いい。現実世界のダブルバインは勘弁して貰いたいが。あくまでもパンとコーヒーだけの限定だ。


「あれ?」


 すっかり舌も腹み満足し、油断してしまったからだろうか。


 イートインコーヒーに向かいの席に雑誌が放置されているのに気づいた。しかもB級感漂うオカルト漫画雑誌。印刷も安っぽい漫画雑誌だったが、コンビニに置いてある漫画は妙に面白そうに見えるから困る。


 おそらく誰かが立ち読みして忘れてしまったものだろうが、急激に好奇心が刺激され、明里も買ってしまった。


 休職中の身分では完全に無駄遣い。それでも買ってしまう。パンとコーヒーのダブルバインドで財布の紐も緩くなってしまったのだろうか。


「ありがとうございます」


 レジが晴人にやって貰ったが、漫画雑誌を見ると、微かに眉間に皺。こんなB級感漂う本を買うのは馬鹿にしているのだろうか。


 とはいえ、すぐに彼は営業スマイルを作り、お釣りも丁寧に返してきれた。


 再びイートインコーナーに行き、漫画雑誌をペラペラ捲る。


 内容はどことなくチープ。オカルトといっても昭和のツチノコ騒ぎやUFOをネタにした漫画も多く、言い難い哀愁も誘ってきた。笑顔も劇画ティストで決して新しくないが、ついついページをめくってしまう。


 コンビニのイートインで読みたい漫画はこういうの。綺麗な笑顔や完璧なストーリーは求めていない。むしろ古めかしく、B級なのがいい。AIでは決して見られないヘタウマ感がいいのだ。


 気づくと明里もニコニコしながら漫画を読み耽っていたが。


「うん? この漫画何?」


 巻末に一際変な作品が載っていた。


 その作品は、近未来の日本を舞台にしていた。どうやら聖書預言をモチーフにした終末感溢れるストーリー展開で、核戦争や巨大地震、水害が立て続けに起きる日本で、クリスチャンだけが行方不明になっていた。


 主人公の記者は神学でいう「艱難前携挙説」があったのではないかと謎を追う。これはクリスチャンだけが終末の災害前に天国に引き上げられるという神学で論争になりやすいトピックだとか。一般的には映画やファンタジーにしか見えないものだが。


 そんな世界でキリスト教の迫害も同時に始まり、インターネットでも聖書の言葉が調べられなかったり、教会が破壊されているという描写もある。


 主人公の記者はこれは本当の携挙が起きたと確信をもち、取材を進めるが、とある稲荷神社にクリスチャンが隠れているという噂を聞き……。


 ここで漫画は終わっていた。巻末には作者からのメッセージもあり、体調不良の為、次号から休載というお知らせがあった。連載再開時期も未定だという。


「なんだ、せっかくいいところだったのに」


 肩透かしを食らったような気分だ。


「でも、稲荷神社にクリスチャンが隠れてるって……?」


 妙に引っ掛かり、後ろを振り返ると、晴人がレジの方からこちらを見ていた。


 いつもの営業スマイルで見ていたが、その視線は妙に鋭いのだが。


 まさか、この漫画も晴人やこのコンビニの謎と関係あるのだろうか。


 このコンビニのある世界は、あの漫画の世界と通じる部分があるのだろうか。


 散らばった点。どうも一つの線に結びつける事ができず、明里は顔を顰めていたが。


 コンビニの入り口に客が入ってくるのが見えた。暗くてよく見えないが、四十歳ぐらいの男性。ヨレヨレのシャツにジーンズに姿。薄い毛髪もボサボサだったが、何故かコンビニに一歩入ると逃げていく。その姿は怯えている小動物のようでもあった。中年男性なのに、子供っぽい。いわゆる子供おじさんという存在か?


「あの人、どっかで見た事あるような……?」


 何故か気になってしまったが思い出せない。


「リアル知人というか、動画サイトかネットで見たことがあるような……?」


 思い出せない。


 もっとも思い出した所で何もならないだろう。明里は再び漫画雑誌をめくる。イートインコーナーにその音が静かに響いていた。


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