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第一話 ラップのツナマヨおにぎり

 子供は天使じゃない。むしろ生まれながらの悪の存在かもそれない。


 中山明里はそう考える。


 誰もいない放課後、自身が受け持つクラスへ向かったが、教卓や出席簿に落書きがされていた。


「ブス!」

「ビッチ」

「今すぐ学校を辞めろ!」


 そんな罵詈雑言の数々を見ながら思う。やはり子供は天使ではない。確かに教員になる前は意識が高かった。子供たちの将来のためになんて青臭い事も考えていた。浮いてる子やいじめられている子のケアも頑張ったが、今はもう朽ち果てた。


 こんな嫌がらせを受けるようになったのも、色々と要因があったが。


 今日も保護者の一人がモンスター化し、明里の所にクレームをつけにきた。


「はぁ、どうしよう……」


 もう既に眠れない。食欲もなく、サプリメントとプロテインで誤魔化していたが、そろそろ限界かもしれない。


「もう、無理……」


 明里はその場で倒れ、救急車に運ばれた。医者によると、過労と適応障害、軽度鬱症状もあるという事だった。これ以上の労働も無理だった。


 結局、学校の仕事を退職し、傷病手当金と貯金でしばらく生活する事になった。


 病院にも通っていた。少しは良くなってきたが、一人で部屋にいると、保護者や生徒たちから罵倒を思い出し、死にたくなった。


 特に夜。


 ベッドの上で何度も眠ろうとしたが、瞼は鉄のように固く、全く睡眠薬も効かない。医者によると、副作用の関係上、これ以上強い薬も出せないというが、完全に昼夜逆転生活。


 部屋の中も荒れ、食べ物も相変わらずサプリメントやプロテイン。アラサーの女とは思えないほど肌や髪が荒れていたが、もうどうでも良くなってしまった。


 一人、散らかったワンルームにいても辛い。どうしても過去の嫌な記憶を思い出してしまう。


 少し怖い気持ちもあったが、夜中に散歩する事にした。ちょうど今は夏の終わりかけ。気候も冷たくなく、夜の散歩にはピッタリかもしれない。


 想像通り、真夜中に出歩いている人が少ない。県道沿いの道を歩いても、自転車や歩行者の姿は全くなく、長距離トラックが道を行くのが目立つ。


 家の近所を歩いているだけだったが、真夜中に歩くと別世界のよう。他人目も気にせず自由に歩けた。当然、過去の記憶も思い出しにくい。日本が治安の良い国でよかった。外国だったら女が一人で夜道を歩くのは自殺行為だろう。もっとも今の明里のとっては、もう生命力もすり減っていたので、どうでもいい。


「あれ? こんな所にコンビニ?」


 暗い県道沿いの道を歩いていると、遠くの方に光が見えた。今夜は月が出ていないが、その灯りよりは明るい?


 どこにでもあるコンビニだったが、真夜中に見ると、異様に明るく見えるものだ。特にこんな状況の時は尚更……。


 明里は光に吸い寄せられる虫のように、コンビニに向かって歩いていた。


 遠目には普通のコンビニに見えたが、側で見ると、大手チェーンのコンビニではない。知らない店の名前。


「INRIマート? 何これ、本当にコンビニ?」


 どうやら個人経営のコンビニらしいが珍しい。それでも二十四時間経営というのは、大手と同じようだ。店の規模もだいたい同じで広い駐車場もあった。


 白を基調とした店の看板は、やたらと明るく見えたが。


 特にお腹も減っていない。買うものも思いつかなかったが、個人経営のコンビニか。それにしても珍しい。面白い。学校を辞めてから塞ぎ込んでいた好奇心や希望のようなものが芽生えていた。深夜だし。少し気持ちも解けていたのかもしれない。


 店に入る。チャラチャラとした音楽共に迎えられたが、店内は意外と静か。他に客もいない。深夜だから当たり前か。


 カウンターの方には若い店員が一人。男だが、派手な金髪だった。コンビニの店員=フリーターという固定観念のある明里は、さして驚かない。どこも人手不足なのだろうと呑気な気持ちにもなってきた。


 しかしこのコンビニ。田舎のコンビニらしく、イートインコーナーも広め。雑誌やドリンク、菓子などは大手コンビニとほぼ変わらないラインナップだったが、ベーカリーや弁当、スイーツコーナーは個人経営店らしい個性を見せてていた。


 ベーカリーやスイーツは近所の店から卸しているらしく、個性が強い。素朴なあんぱんやサンドイッチがラップに包まれて売っていた。


 おにぎりは店内手作りのようで、同じようにラップに包まれている。弁当はこんな時間なので売れ切れのようだったが、急に食欲をそそられた。


 ついさっきまでは、過去の記憶を思い出し、グルグルと眠れなくなっていたのに。


 ラップに包まれたちょっと歪なおにぎり。海苔はきっとしっとり系。コンビニなのに、お家のおにぎりを思い出してしまう。


 腐っても明里は日本人だ。こんなおにぎりを見てお腹が空くのは、遺伝子的な何かが求めているのかもしれない。


 気づくとラップのおにぎりを手に取っていた。手にすっぽりと収まるぐらいの大きさで、本当に手で握っている事が想像ついてしまう。ラップ越しから何かが伝わる。その何かは全く分からないが、お腹が減ってきた。


 明里はツナマヨのそれを手に持つと、レジへ。例の金髪の店員がレジを打ってくれたが。


「いらっしゃいませ」


 派手な外見と打って変わり、口調は落ち着いていた。むしろ大人しい部類か。普段はバンドマンをやっていて、こういう髪色か? たぶんバンドでのポジションは縁の下の力持ちのベース。


 そんな妄想が出てきてしまう。店員は単なる派手な若者という雰囲気はなかった。むしろ、丁寧に接客をし、仕事の態度もいたって真面目。こんな若者に変な妄想をそてしまった事が少し恥ずかしいぐらい。


 制服の胸元には名札もあった。稲荷晴人という名前らしい。稲荷? ここの店名はINRI。INRI=稲荷という事だろうか。


 ふとレジ横のフードケースを見ると、厚揚げを打っていた。もちろん、コンビニらしくコロッケやアメリカンドッグも置いてあったが、厚揚げとは珍しい。お稲荷さん? また妙な妄想が出てきてしまう。稲荷晴人の金髪もまさか狐だったろして。まさか。


 ふと、稲荷晴人の手を見ると、甲に傷があるのが見えた。傷というか痣といっても良い感じだったが、ちょうど十字の形。こんな所に十字の痣?


 明里は小銭を出し会計しつつも、その手の傷跡をチラチラと見てしまう。


 そういえば稲荷神社は元々ユダヤやキリスト教とも縁があるという都市伝説を思い出した。日ユ同祖論というものらしい。まさか、この店員も何か関係ある? 


 INRIもイエス・キリストと縁深い言葉と聞いたことがあるような……?


 この綺麗な金髪も何か人外というか、ファンタジーか。今、自分は狐に化かされているのだろうか。目の前にいる男は本当に人間かも疑わしくなってきた。夜なので少し頭もバカになっているのかもしれない。


「ありがとうございます!」

「え、ええ」


 そんな明里の戸惑いも無視し、稲荷晴人は袋に入ったおにぎりを手渡した。同時にもうレジには用はない。明里はそれを片手に持つと、コンビニを後にした。


 不思議な事にコンビニを後にすると、稲荷晴人の妙な妄想や疑惑がぴたりと止んだ。


「いや、まさか。そんな狐に化かされているとか無いでしょ……」


 それに若い店員に妙な妄想をするなんて恥だ。恥でしかない。明里は頬を赤くしながら、家路につき、ツナマヨおにぎりを食べた。


 見た目通り海苔はしっとり系。ご飯はふっくら。ツナマヨも塩味がきき、単なる甘いわけでもなく、するすると食べてしまった。意外とボリュームのあるおにぎりだったが、一瞬だ。


「そうか、私、お腹空いてたんだな」


 こんなおにぎりを一瞬で食べ、そんな事に気づく。ずっと食欲もない、眠れない、過去の記憶が消えないと悩んでいたものだが、美味しいおにぎりを目の前にしたら、生きる事を選択してしまったみたい。明里は自分でも驚いていた。


「でも、あんなコンビニ。ずっとこの田舎に住んでいるのに知らなかった。ネットに口コミとかない?」


 ふと、そんな事にも気づき、ネットであのコンビニを調べたが。


 不思議な事にコンビニの情報が一件も出てこない。口コミ、写真一枚もない。あんな特徴がある個人経営のコンビニで、そんな事はあるのか?


「いや、そんなバカな……」


 もしかしたら、稲荷はユダヤ教とかキリスト教に関係ある都市伝説が本当という事か?


 明里はそれらの情報を一生懸命調べたが、都市伝説や陰謀論の域は出ない。歴史的かつ客観的な証拠は一つも見つけられなかったが、こんな都市伝説ブログ記事を見つけた。


 昔、秦族として日本に景教(キリスト教)が入った。稲荷神社としてキリストの神を祀っていたが、徐々に土着の宗教と混じり合い、現在のような形へ。とはいえ、当時の信仰を頑なに守っている家系もあるのではないか。いわば元祖隠れキリシタンが今でもいるという……。


 トンデモ説だ。絶対に信じられない。都市伝説というよりは、ファンタジー、おとぎ話。妄想かもしれない。


「そんな、バカな……」


 それにブログでは、パラレルワールドや異世界の話も語られ、そんな異次元が現存している世界線、別世界があると語り、何かの拍子で現世と行き来が出来るという。もし、そんな家系の人間を見たら、狐に化かされているかもとも語られ、明里は全く笑えないのだが。


 とはいえ、こんな都市伝説を調べている間は、すっかり過去の事は忘れていた。確かにデマを含む陰謀論は否定的だが、ファンシーな都市伝説は悪くない。三歩だけ別の世界に行けるというか。


「ふふふ」


 気づくと明里は笑っていた。


 あの変な個人経営のコンビニ。何か秘密があるのに違いない。それを探求する為に生きてみてもいいかも? 


 幸い、ツナマヨおにぎりは美味しかった。店で打っていたベーカリーやスイーツなども気になる。些細な事だが、生きる目的が出来てしまったというか。答えは見つからなくてもいいかも。見つかったら、小さな目的も消えてしまうといけない。


 窓の外は相変わらず暗い。まだまだ夜中だ。夜が明けるまで、しばし不思議な話に酔っていても悪くないかもしれない。

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