第十二話 肉まんとパラレルワールド
「つまり五次元空間は、すべてがある世界だ。あったかもしれない世界、こうなったら良いなというパラレルワールドも全てね」
悠人はゆっくりとした口調で語る。
あの後、二人で県道沿いの道を歩いていた。隣町のバーからは歩いて四十分ほど。その間、悠人からパラレルワールドの話を聞く。
「そんな事ってあるの?」
「いやいや、明里さん。都市伝説ブロガーに野暮な事を聞くなよ。あくまでも仮説だ。ちなみに五次元空間では、理想の自分にも簡単になれるらしい。お姫様様や騎士、妖精とかもね」
「なにそれ、アニメや漫画みたいね」
「アニメも漫画も擬似的な五次元空間かもしれない。三次元空間ではフィクションだが、五次元空間ではリアルかもね? アニメや漫画の先者は、五次元空間の現実をただただ記録しているものかもしれない」
不思議な話だ。悠人の隣を歩きながら、頭はすでにこんがらがってきたが、とにかく前を向いて足を進めていた。
「五次元空間と三次元空間は交わったりしない?」
明里は一番気になる事を聞く。
「これは仮説だが、同じ周波数になったら行き来できるかもしれない。感情や環境が」
「まさか」
本当に頭がこんがらがる。
「科学者でも大真面目にテレポーションを研究しているものがいるらしい」
暗がりだったが、隣にいる悠人はドヤ顔ではっきりと見えてきた。
「科学者は案外ぶっとんでるんだよ。じゃないと常識以上の発想は生まれないから。テレポーションも量子論では、一応説明がつくらしい。恐ろしいね、科学って魔法のようでもあるな」
だとしたら、あのコンビニもどこかのパラレルワールドにあるというのも、さほどファンシーな話でもないのだろうか。
相変わらず答えは出ないが、こんな事を話しているうちにあっという間にコンビニの前まで着いてしまった。四十分歩いたばずだが、明里その時間も労力も感じない。まさかテレポーション?
「こんな個人経営のコンビニは初めて見るな。確かここは空き地だったんじゃないか? マジか?」
悠人はコンビニを見上げると、目を見開いていた。
「わかった。明里さんの言うことは信じるよ。まあ、世の中は解明できない事が多いものだね」
こうして悠人と一緒にコンビニの中へ入った。
今日は他に客もいないようだった。麻子婆さんや小林もいない。晴人がワンオペで働いているようで、揚げ物のいい匂いもする。「揚げ物揚げたてでーす」と呑気な営業トークも聞こえてきた。
悠人は好奇心が抑えられないらしい。個人経営らしいオリジナルのベーカリーやおにぎり、スイーツなどをチェックすると、晴人に質問責めだ。
「このコンビニはパラレルワールドにあるのかい?」
「店員さんは本当に人間か?」
「その手の甲の傷の意味は?」
「苗字は稲荷なのか? 稲荷神社との関係は!?」
そう鼻息荒く質問していたが、稲荷はのらりくらりと全く答えない。
「まあ、私達のコンビニはいつでも二十四時間営業中です。変わらずに存在します。お客様自身が心の底から求めれば」
稲荷のそんな解答はより悠人の好奇心を刺激してしまったようだが、明里はお腹が減ってきた。
悠人もそうだったらしい。質問攻めをしながらも、腹の虫が響く。
「お腹すきました? だったら美味しくて温かい肉まんはどうです?」
晴人はレジ横の肉まんケースを指差す。ガラスのそこには、温められている肉まんが見えた。白くツヤがあるそのフォルムに悠人も全く逆らえなくなった。
結局二人とも肉まんを購入し、イートインスペースで食べていた。
温かい肉まんは指先を温め、ジューシーな匂いも素晴らしい。二人ともしばらく無言で肉まんを食べていた。
決して健康的な食べ物ではない。炭水化物の塊といってもいいが、肉汁溢れる肉まんを齧っていると、どうでも良い気分になってくるものだ。
この不思議なコンビニの謎も。美味しい肉まんに誤魔化されている自覚はあったが、答えが無い謎も悪くないはず。
どうせ答えが無いになら、好きなように探究してもいい。もちろん、探求もせず放置しても問題ない。どうせ答えが無いのなら。最低限、他人の答えを邪魔しなければ、何でもアリか。
気づくと明里は笑っていた。何か面白いわけでもないが、ふっと肩の力は抜ける。肉まんはそんな力を抜くような食べ物なのかもしれない。まだバーで飲んだ酒が抜けていない可能性も大いにあるが。
「お、明里さん、笑ってるね?」
「ええ、何か肩の力が抜けてきた。もう何でもアリ?」
「そうだよ。俺みたいな都市伝説ブロガーも普通に存在できているんだ。この世界は案外懐が広いのかもしれない。明里さん、そう思うと元気になれるね」
明里は頷く。
傷ついた過去を忘れられなかったのも、小さな世界でぐるぐるしていたからか。
世界は広い。五次元世界も存在しているのかもしれない。
「お客様、またお越しください。私達は二十四時間、いつでも営業中です。変わらずに存在します。お客様自身が心の底から求めれば」
最後に晴人に言われた。ただ、もうこのコンビニには二度と行けないような気がして、ずっと後ろ髪が引かれていた。




