医者のお仕事
「……世のオトコたちはまったく無反省である事は明らかであり!」
芥子川議員による演説に、買い物や仕事に勤しんでいた女性たちは手を止め聞き耳を立てる。
中には震え出す女性もおり、足元も覚束なくなっている。
「ですから!彼らの驕り高ぶりを強制すべく我々は!立ち上がらねばならないのです!
どうか皆様!世界中の女性たちの、いや人類の未来のために!」
町中のあちらこちらで行われた演説により、外の世界の醜悪な虚偽広告はあっという間に町中に広まる。
もちろんニュースでも新聞でも取り上げられ、真剣に、ごく普通の広告を出しただけのはずの企業はあっという間に悪の代名詞に仕立て上げられて行く。
「まったく、何と言う不誠実な!」
「おそらく男性器に囚われているのでしょう!」
「そうです!まさしく教科書の通りです!」
この町の中学校教科書には、オトコは生殖本能に支配されておりどうすれば男性器の欲求を満たせるかで動いていると書いている。
女性たちに女性器があるのは古来からの生物のカルマであり、どうしても逃れられない宿命。
だが女性しか生まれない受精卵、産婦人科で育てられているそれから女性器と言う名の男性器の対象物を消す技術はまだない。
そして空恐ろしい事に、第一の女性だけの町の人間の内ごく一部ながら外の世界に出て平然とオトコと情を酌み交わしている存在がいると言うのだ。しかも、その腹からオトコを生み出しているとも言う。
これは事実であり、しかもその女性の孫世代までいるとも言う。もはや、プライドも何もないではないか。
そんな人間たちさえも、救えるかもしれない。
そう叫ぶ追川町長の声は、世界中に響き渡りそうなほどに舞っていた。
(いくら払わせるんだろうなぁ……)
ジュースを飲みながら議員たちの話を聞く聴衆の中でも、冷静な存在はある程度気付いていた。
おそらく、刑法にかける事はできない。
せいぜいがイメージがどうとか言って、和解金として金を搾り取らせる程度。
もちろんそれとて打撃はあるが、決定打かどうかわからない。
仮に大企業相手ならば、それこそイメージを守るために必死になるだろう。
だがもし相手が取るに足らない中小企業だったら、それこそその一撃で木端微塵になってしまうかもしれない。
もちろん自業自得の四文字で終わらせればいいが、世間的な心象はどうなるかと言う話である。
女性だけの町は、それこそ女性が自分の身を男性から守るために作ったと言うか作らせた町である。
そこに住む女性、いや女性全体が弱者であると言う証であり、強者である男性に人権を脅かされるのを恐れた結果だ。第一の女性だけの町は自発的に作り第二の女性だけの町は男性に作らせたと言う違いはあるが、その目的は変わらなかった。
※※※※※※
「ではこちらの絵をご覧ください」
町の中央に位置する、この町で一番大きな病院。
ブルー・コメット・ゴッド病院とは違う、七階建ての大病院。
その二階の一室に、とんでもない行列が出来ていた。
白衣を纏った引田水花は、挿し棒で一枚の絵を叩く。
東とか言うガンギマリ女に、缶ジュース一本の値段で描かせた絵だ。
「うう……!」
「やはり不愉快ですか、嫌ですか」
「はい、今すぐにでも、叩きのめしたい……!」
「PTSDですね」
PTSD。
心的外傷後ストレス障害。
命にかかわるような出来事によるトラウマに伴い日常生活を送る事が困難とされている障害である。
水花は一枚の絵を見ただけで頭を抱え叫ぼうとする女性に対し、PTSDの診断を下す。医師免許に見下ろされながら患者の女性は背中をさすられ、看護師に見送られて部屋を出る。
「先生はよく平気ですね」
「私だって嫌よ。でもね、誰かがやらなきゃいけないのよ」
看護師たちさえも、絵から目を離したがるように歩く。水花もまた、今すぐにでもこの絵に火を点けてやりたいぐらいだった。実際最後にはそうするつもりだが、それまでの間のうのうと生きているだけでも胃痛がしそうになる。
肥満体型、身長は平凡。分厚い眼鏡をかけ、両腕に紙袋を抱え込み、そして服の真ん中には実在しようがないほどの作り物のオスではない生物もどき。
それこそ、この町の人間が幼少時からずーっと殴り飛ばして来たような邪悪な存在。
それに対する警戒心はもはや常識と言うより反射的なそれですらあり、その手のそれが薄い存在は嘲弄の対象となっていた。再教育としてそれらを殴りまくる補習授業も存在し、多くの児童が反応の鈍さを恥じてその教育を受けていた。
「とにかく、これは世界のための戦いなのです」
「はい……次の方」
数日かけて、この作業を進める。
どんなに苦しい思いをしても、世界のためにならば耐えられる。
そのために、自分はこうしているのだ。
診察料が0円なのも、自分の医療報酬が0円なのも、全てはこのため。
外の世界にて女性だからと出世を拒まれた水花には、この仕事はこの上なくやりがいあるそれだった。




