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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第六章 「底辺職」
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この町の階級

 さて、ここまでのお話で五味栗江の仕事は決して需要がない訳ではない事がお分かりいただけよう。

 

 彼女たちの絵は学校行事だけではなく、エンタメ施設やバラエティ番組などあちこちで用いられている。第一の女性だけの町で言うとこのアングラエンタメ施設では、彼女の絵のシェアは30%近い。バラエティ番組でも、彼女の絵はたびたび使われている。

 だと言うのに、彼女に感謝する人間はいない。もちろん彼女自身がこの仕事をやっていると自分で言わないのもあるが、それ以上に仕事の内容だった。


 マラソンを走り終わった後に道に向けて一礼するランナーの姿は、実に美しい。自分がこれまで走って来た道に感謝するその姿はスポーツマンシップの体現であり、ある一つの学校が始めたその習慣は今や競技者たちのスタンダードになっている。

 だがそれは真っ当に走る事が出来たからこそであり、あまりにも道路状況が悪ければそんな事はしないと言うか、できない。疲れ果てて倒れ込んでできないのはしょうがないが、それこそまったく整備されていない道路を走って感謝しろと言うのは最初からクロスカントリーだと言われていない限り無理である。

 ましてや、彼女の作品はマラソンの道路のような公共物でもないしランナーの足元を支えるシューズでもない。それこそ、ランナーの進行を阻む置き石かブーイングばかりするような連中と言う扱いだ。



 栗江の家にはテレビなんかない。本来の職場とスーパーやコンビニの往復ぐらいしかしないような生活をしている栗江には、何の必要もない箱だった。仕事のための資料は気まぐれな老女が恵まれない子供に与えるかのように投げて寄越されるし、その依頼主が言うように外の世界の連中がいくらでも供給して来るので不自由はない。

 だからバラエティ番組で使われていたとしても、左右田カイコとか言うテレビタレントがいくらはしゃいでいたとしても、栗江には何の意味もない。辛うじて同僚からそのテレビタレントの事は聞いていたが、だから何以上の感情は湧き上がって来ない。その道具作りを敢えて紙とペンでやらせるのはその方が情熱が込められている分壊しがいがあるだろうとか栗江は邪推しているが、その情熱が金のためだと知ったら向こうはどうするだろうか、教えてやりたい気分でいっぱいだった。





 正しき教育が人間を成熟させ、健全なる心身の発展をもたらす—————。


 そんなお題目の下、教育関係者は電波塔勤務者と共にかなりの富裕層になっている。その富裕層への就職を求め、誰もが一日十時間単位で勉強する。だが当然枠は有限であり、それができない人間は教師ではなく塾の講師や教科書の出版社などそれらに近い仕事へとしがみつかんと欲する。

 五味栗江もまたそういう人間であった。だが彼女は幼少時から友人と戯れる事に必死で学問はおろそかであり、その結果教育関係者になる事は出来なかった。そのくせかなり出遅れてからまたエンジンをかけ直したものだから軌道修正もできなくなり、気が付くと他に仕事は出来なくなっていた。


 一応、この仕事は教育関係者ではある。だが末端の末端のそれまた末端であり、他に誰にもそうだと言えない。その点もまた、その仕事を軽蔑させる罠だった。そこまでして子どもたちと関わりたいのか、あるいはどす黒いと言うか桃色そのものの野望を抱いているのではないのかと言う笑えない理屈。

 このシステムを作った人間がそれをどう考えているか、そしてそれに立ち向かうにはどうすべきか。あるいはこれを将来的に全世界に輸出し、真の意味での世界平和を招こうとしている——————————。それが栗江の妄想などでない事は、中学の時点で既に習った。外の世界にて人間の欲望を無闇に拡大させる存在を封印しオトコたちから野蛮なる心を奪い真の平和を手に入れる。それがこの町が作られた理由である、そう大真面目に話していた教師がいた。

 


 何が欲望だ。

 あそこまで純粋な顔で破壊行為を行える人間が、寡欲な訳があるか。

 ただ紙の上に描かれただけのインクの塊を、この町以外全てをぶち壊したバケモノかなんかのように殴り倒す。


 その事に疑問を持てば過去、その物たちを作り上げた連中が犯した罪を滔々と聞かせる。

 曰く、自分たちの肉体を自らの慰み物にし、責務ある任務を自分たちから全て奪い、そして自分たちの手で自儘に世界を揺るがし関係のない女たちを犠牲にして来たと。だから、今こうしているのだと。いずれ連中は、この最後から二番目の楽園を破壊しに来る。ありとあらゆる暴力行為によって。

 その際に先兵となるのは、オトコではない。むしろ女。オトコたちに屈従する事を良しとした、弱い女たち。だからこそ、彼女たちの無知と迷妄を晴らすために自分たちは賢くなり、学ばねばならない。そうして目覚めた彼女たちの手によりオトコたちの手を食い止めさせ、そのまま自分たちの思想に傾かせねばならない。決して暴力行為に走ってはいけない。あくまでも言い聞かせる事が大事。


(ああ、何と言うばかばかしい言い草よ!)

 心の中で強く吐き捨てる。あれほど嬉々として他者を殴れるような存在の言いのけるような平和に、何の意味があるのか。

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