生かされている理由
これにて完結です。
次回作の予定は……えっと……あ、登場人物が1話分あるんでよろしくお願い申し上げます。
「丹治勝美町長」
丹治町長はその言葉と共に、公用車に乗り込んだ。
数年ぶり、いや十数年ぶりの朝。
そんな言葉が似合う程度には、この第二の女性だけの町の空は輝いていた。
「住民たちは落ち着いているのかしら」
「ええ。残念ながら」
「残念ながら、ねえ……」
丹治町長も、笑うより他なかった。
きれいなアスファルトが輝く道路。もう、通行止めに迷わされる事もない。
「あの人が見ていたらどう思うかしら。それこそ常日頃銃を持ってSPでも付けて…」
「でしょうね。それもこれも、男のせいですから」
「点崎さん、あなたのような人がこの町に残っていたのは不幸中の幸いです」
丹治町長の隣に座る女性こと点崎。
あの時、スーパーマーケットを閉鎖していた店長。
そのおかげで暴徒襲来を免れたとも言われているが、全ての混乱が終わるやスーパーの店長をやめ政治の世界に入り、此度こうして当選して議員となった。
「ねえあなた、漫画読んだ事ある」
「ありませんでしたよ、この町に来てからは」
「そうね。でもそれってものすごく臆病な事だと思うわ。その点を言ったらこっちの町だって十分臆病なんだけど」
今この町で人気になっているのが、原作谷川ネネ・作画土屋栗江による「第二の女性だけの町」だった。
その町で生まれ育った土屋栗江と、「女性だけの町」をヒットさせたノンフィクション作家である谷川ネネの共著となったこの本は発売前から全世界で耳目を集め、発売されるやあっという間にヒットした。
26:名無しの読者さん
これほどまでの素材を押し込めていた第二の女性だけの町はやっぱ害毒
27:名無しの読者さん
殴るための人形の絵を作らせていた、六時間書いて時給(ネタバレ注意)円
31:名無しの読者さん
安……
33:名無しの読者さん
もちろん喰えないからゴミ処理してたって
36:名無しの読者さん
ゴミ処理なんて富裕層の仕事だろ
39:名無しの読者さん
>36
それは第一の女性だけの町の話、第二の女性だけの町ではゴミ処理は底辺職
50:名無しの読者さん
>39
底辺職「だった」な。今じゃもう富裕層の仕事
男も女も、第一の女性だけの町と同じように本を買っては第二の女性だけの町の事を知り、好き勝手にはしゃぐ。
第一の女性だけの町でもこれを機に「女性だけの町」の書籍が広まり、やはり土屋栗江によるコミカライズが行われるとも言う。文化的停滞を謳われる女性だけの町だけにベストセラーは確定的とか言われているが、実際出すまではわからないとも言われている。
文化的な停滞が町の硬直を招き、発展を阻害した。
それで第一の女性だけの町のように自律的に何とかなかったのは奇跡であり、第二の女性だけの町のようになる可能性が高い。
だからこそ、そうならないように文化的解放を進めようと言う事になり、外の世界の書籍が入って来る事になった。
もちろんノンフィクション本だけでなく漫画なども入って来るだろうし、半ば検閲ありきとは言え世界が広がるのは間違いない。
それが結果的に良かったのか悪かったのか、そんな事はわからない。
ただそれでも、この「オトコたちに作らせた町」が健全な姿を取り戻しているのを見ると、勝美と点崎の気持ちも温かくなった。
※※※※※※
「店長さん」
「川島さん」
爽やかな声が飛び交っているのは、何も彼女らだけではない。
川島と呼ばれたトラックドライバーの女性は、これまでの数分の一の時間で荷物をスーパーに運べていた。
新鮮な野菜に、この町自慢のお酒。その代わりのように生産工場の直売店やそれに近い店は打撃を受けたが、それでも町中に、これまでより安い価格で物を卸せるようになった事は大きかった。
「まさか店長が議員になるなんて」
「私は変わらねえよ、一点を除いてな」
「この町から出て行くって」
「その気は、今んとこなくなった。ま、そういう事だな」
ブルー・コメット・ゴッド病院は、今でも健在ではある。そして仕組みもさほど変わらず、変わった事と言えば第一の女性だけの町と同じように「追放」と言う単語を使う事になっただけである。
だがあれ以降、定員オーバーを繰り返していた患者は大きく減り、元の無駄飯喰らいの職場に戻っていた。
「しかしケーキがこんなにうまいとは思わなかった、今日も買って帰りたいな」
「向こうの町からも色んな人が来てくれますからね」
交流も深まった。無論基本的には女性のみ、第一の女性だけの町の住民がほとんどだが、第一の女性だけの町の住民は皆闊達としていた。
特に第一の女性だけの町から単身赴任している薫と言うゴミ回収業の女性と来たら、この町に住んでいるどの女性よりもたくましく、頼りになる人物だった。
「だけどさ、結局私たちは自分で何とかする事が出来なかった。情けねえよ」
「私たちはまだ未熟だったと言う事かもしれません。
でも、それで不幸になりましたか」
第一の女性だけの町でも二十数年目にテロ事件が起きたとか屁理屈をこねるには、あまりにも明暗が分かれている。
片やそれから二十年以上女性だけの町を守り続け、片やその一件をきっかけに独立自治体としての地位を半ば失った。
しかしその結果、物価は下がり交通は良くなりゴミはすぐ片づけられ水の出は良くなりと、改善された所があまりにも多すぎる。それらだけで、彼女たちは幸せだった。
※※※※※※
「今からでも駄目ですか」
「はい。もう決めましたから」
何度目か分からない訪問に対し、北原はやはり何度目になるかわからないNOを突き付けた。
新たにできた、と言うか第一の女性だけの町の本社の支社の長として北原を迎えたいと言うお願い。その言葉に嘘偽りはなく、誠意もあった。
それでも既に新たな「就職先」を見つけた彼女からしてみれば、もはや水道工事業界への復帰はあり得なかった。
「私は、この町を、大事にすべき存在を守り切れなかった。少しでも早く私が動いていれば、こんな事にはならなかったのです」
「責任があるんですか」
「もう少しでも勇気があれば逃げ出していました。そうすれば、あるいは目を覚ましてくれたかもしれません」
「そうですか……」
肩を落として帰って行く姿を見る度に、北原は切なくなる。
確かに、その言葉を聞き入れた方が幸せかもしれない。
現場至上主義な所がある第一の女性だけの町の方式では、長いワンオペ作業で疲弊した自分は稼げないかもしれないが、それでも週休二日の上に大半を椅子に座って過ごせる支店長と言う仕事はまったく厚遇でしかない。
実際、道路工事担当であった佐藤はこの町にやって来た建設会社で部長となり、疲れを癒しながら現場復帰のために頑張っているらしい。
だがそれでも、その佐藤と同じ決断を下す気にはなれなかった。
「外山さん…あなたがどんなに良い人間だったか、私だけは覚えていなければなりません……」
整備された道路と、通勤に使われる一台のバス。
そのバスにいつもの時間に乗り込み、新たなる仕事場へと向かう。
北原の仕事場に並ぶ、多数の御影石。
多くの名前が刻み込まれ、下に眠る存在を支えている。
だがその実はそこまできれいでもなく、下にあるべき存在がない石もかなりあった。
外山と書かれた墓石の下にも、骨はなかった。外の世界の人間が言うには暗殺した後に証拠隠滅のためどこかに廃棄されるかひとからげに無縁仏扱いされており、今から発見する事は困難だと言う。
酷い話だが、それもまた現実だった。そして北原は、その遺骨の捜索を求めなかった。
もう、いい加減安らかに眠らせたい。これ以上使われるのはもう御免。
第一の女性だけの町が彼女の墓を豪奢にする理由など、自分でもわかる。
第二の女性だけの町の、圧政の被害者としてのそれ。
それは間違いない事実だし腹も立っているが、それ以上に彼女の魂を思うとやっていられなかった。
第二の女性だけの町でも、第一の女性だけの町でも宣伝として利用される。そんな悲しい事を運命とか言う言葉で片付けるのならば、神様を恨みたくもなる。
そして、慰霊碑とでも言うべき大きさの墓石には、名前が細かく長く彫られていた。
追川恵美、綿志賀咲江、酢魯山澪。九条百恵、タイラン。
他にも、あの突入劇で命を落としたたくさんの人間。
唯一味方から殺された尾田兼子だけはまともな墓石の下に埋められているが、後の議員はほとんどひとからげにされている。
あまりにも、寂しい話だった。
確かに、彼女たちは善ではなかったかもしれない。自分の望みを叶えるためだけに、好き放題やって来た。最後は罪人として死んだり、処刑されたりした。
それでも、この扱いはないと思いもした。
党首が重大な犯罪者となった真女性党は無論解党となり、誠心誠意党も尾田兼子はともかく酢魯山澪の行いにより大幅に支持を落としており、もはや新たな政党の導入でしか議会制民主主義を続行できない事は明白だった。
その結果第二の女性だけの町の地元住民で結成された「真誠党」に、第一の女性だけの町の二大政党である「民権党」と「女性党」が加わり、三大政党による政治が行われる事となった。
現状維持、治安良化を党是とする民権党と町域拡大を党是とする女性党による二大政党に、この町の住民と言う事で勢力を持つ真誠党。当分は女性党は党是からして空気扱いされるだろうが、いずれは彼女らの出番が来るかもしれない。今の町長である丹治勝美は都合上無所属であるが、このまま彼女が任期満了で退任すれば民権党が政権を取るだろう。元より民権党の政策に忠実であるから変化は少ないだろうが、それでもこれまでよりは健全な政治が行われるだろう。
確かにその政治は自分たちにとっていいものかもしれない。
だがそこに、信念はあるのか。
それとも、信念を持つ事自体が間違いなのか。
この戦いには、紛れもなく敗者もいた。
ここに眠らされている議員だけではない。
例えば兼美と言う十五階の職員は、心身を病み現在でも入院している。彼女の娘は彼女の姉が面倒を見ているが、社会復帰できるのどうかわからないらしい。
そして最後の敗者と言えるのが、外山の半分ほどの小さな石碑の下に眠っている一人の女性だった。
誰一人として線香も上げず、まだ彫られて数か月のはずなのに既にやな意味での貫録を持った御影石。
「追川絵里子、ここに眠る」
小学校に拘束されていた追川絵里子は、解放されるや否や義母の死を知り、そのまま生気のない目で家へと歩き出し、台所にあった包丁で自分の胸を突いた。
その顔には痛みも苦しみもなく、義母の下へ行けると言う安堵だけがあった。
「なぜ死んだんですが、なんて言っても答えてくれませんよね……」
桜子や和美と言った少女たちも教育内容の変化に戸惑い、最近では少し休みがちになっているとも言う。
こんな事態が起きる時はいつもそうなのかもしれないが、なぜその必要のない存在までこうならねばならないのか。
自分だけでもと思い線香に火を点けようとすると、一人の先客がいた。
「北原さん、ご苦労様です」
「落谷さん……」
元電波塔の職員、落谷茂木江。
彼女は電波塔を退職後、町議会にて女性党議員の議員宿舎で働いているらしい。
当然北原と接点などなかったが、今この時に限っては全く同志だった。
「これからこの町はどうなるのでしょうか」
「わかりません。しかし私もそうですが、少しばかり急ぎ過ぎたのかもしれません、しばらくはおとなしく、ゆっくりする事になるでしょうね」
「……ゆっくり……」
「もしよかったら、今晩一緒に呑みませんか?」
「はい……」
権力の中枢にいたがそこから離れた存在と、底辺層から富裕層に駆け上がる資格を放棄した存在。
そんな対照的な二人が今、酒を呑む約束を取り交わしていた。




