追川恵美の遺言
「とっくに原告敗訴で終わりました、あれでもし有罪を勝ち取れるならば弁護士など要りません」
自分たちが裁かれる側になってなお、相川玲子は自分たちが起こした裁判の事を言っていた。
原告が欠席と言う事もあり裁判にも何にもならず敗訴でしょうねとか悪態を付くものだから、裁判官も腹に据えかねてあんなPTSDの捏造証拠ではほとんど能力はなくそれが敗因だと言ってやった。
「その診断書は裏も表もない本物のそれです。紛れもなくこれだけの人数がマイ・フレンズのせいでPTSDに陥ったのです」
「被告人は静粛に!」
「裁判官は自らの男根に屈従すると言うのですか!いや、この場にいる存在全てが性器のしもべなのですか!」
一度だけ気を許した裁判官も木づちを振りかざしながら相川玲子の口を封じようとするが、相川玲子の舌は止まらない。これが最後の好機だと言わんばかりにはしゃぎ回り、男性裁判官に噛み付く。制止されると全方位に喧嘩を売る。
そしてそれは、相川玲子だけでなく九条百恵も変わらない。玲子に比べれば年嵩で筋骨隆々な彼女でさえも、裁判官や検察官を男根に支配されている哀れな存在とか言い出し、自分はそれから解放してやりたかっただけなのにと言い出す。
「では木谷さん、いや水谷町長を殺害したのは自分たちの思想信条と食い違うからであると」
「ええそうです。第一の女性だけの町とか言いますが、あれはマッチョイズムに支配されたただの町です。あそこはもはやセックス的な女性だけの町であり、ジェンダー的にはただのオトコと女の町です。追川町長たちはその本質を忘れてしまった世界を憂い、第二の女性だけの町を作り、真に女性のためだけのコミュニティ、女性のための世界を作ろうとしたのです」
「ですが多くの女性が、外の世界の企業への営業妨害により告訴され、和解の方向へと進んでいます。真に女性のためだけのコミュニティを作る事と、外の世界の存在を排除する事は一致するのですか?」
「します。私たちの力、私たちの正しさを示してこそ、世界のオトコは目を覚ますのです。あのような性的欲求を充足させるためだけの存在に価値も意味もなく、真っ当に生きる事こそ成功の秘訣であると。そのためには、彼女らを殺す事は全く仕方がなかったのです。先にも述べたようにほとんどただの町と化してしまった存在を、本来の女性だけの町に戻す。そのために口での話し合いを望みましたが、彼らは余りにも性的であり、無警戒であり、そして無神経でした。彼女らに権力を持たせ続ける事がどれほど危険かと思うと、決行せずにいられなかったのです」
「殺人は殺人です」
胸をそびやかし、町長の代わりのようにふるまう。
いくら秘書とは言え、そこまで自信満々になれる理由がその場の誰にもわからなかった。もしこういう風に演説をぶれるのと殺人をためらいなくできる事が秘書の条件だと言うのならば、それこそとても常人には務まらない仕事だろう。
裁判官はその長口上を七文字で片付けると、判決文を述べた。
結果、九条百恵は死刑、相川玲子は終身刑。
「男たちの世の中に祝福あれ」
二人は控訴しようともせず、不服極まる顔をしながら皮肉たっぷりに吐き捨てただけだった。
またそれからすぐに裁判が続き、次々と判決が下される。
魁歩美は、公務執行妨害で懲役十ヶ月。
ブルー・コメット・ゴッド病院のタイラン院長は前院長津居山恵美と入院希望患者を殺害した件で死刑。
芥子川萌香は住人を扇動した罪により懲役三年。
老川八重子と引田水花は直接の罪はなかったが、それぞれのプロとしての信用は地に落ちた。
そして先に述べたように多くの電波塔の職員が業務妨害罪で起訴され、そのほとんどが室村社を含む「仕事により」打撃を受けた企業との和解が成立、和解金を一括なり分割なりで支払う事で落着した。無論多くの電波塔職員が職を失うため支払いは簡単ではないが、それでも落ち着くべき所に落ち着いたと言うのが大体の感想だった。
「裁判はまだ続くのか」
「さすがにひと段落でしょう。まああと一人残っていますが」
裁判官も検察官も、かなり疲弊していた。本当に話の通じない、自分が言いたい事ばかりを話すような被告人ばかり。まるで裁判を政治思想の披露場だと勘違いしているのではないか。
「また大物か」
「いいえ小者です。ただ室村社の社員だったので少しややこしくなるかもしれませんが。しかしあの調子ではおそらく……」
「ああ、室村社も本当に頑張ったな。今度息子にでもなんか室村社の製品を買ってやるか」
これと対峙する予定だった、と言うかずっと対峙して来た室村社以下第二の女性だけの町の標的となった企業に対する同情心が沸き上がる。
「って言うか、僕だって読むのをやめなかった自分を褒めたいですよ」
「ああ。傾向と対策を練るのは必要だがな……紺野とか言う弁護士の子も、本当一番簡単かつ一番難しいと言っていたよ」
追川恵美の、遺言と言う名の恨み節、と言うか政治信条を記した文章。
まるで自分たちが人類の救世主であり、弾圧を受けている存在であり、自分たちの滅亡を人間のそれと同じかのように語っていた。
とても六十五歳の大人のそれに思えないそれを平然と書き遺すのが、追川恵美だった。
そしてその力に魅了された人間があれほどまでいるのかと思うと、彼女の言った通り人間とはまだまだ欲望に支配されていると言う言葉に説得力が生まれる。
その点では、追川恵美は二人の男性に勝利したのだ。




