失敗の理由
「ひどいね……」
筋骨隆々の作業着姿の女性は、誰に聞かせるともなくそうつぶやく。
警察官たちからも鼻が曲がるとまでは行かないが正直あまり心地よいにおいのしない町であり、住みにくいとか言われていたのもむべなるかなだった。
そのにおいの中には血臭もあり、女どころか男でさえも立ち入るのをこらえたくなるような場所だった。
「男性の業者は入ったんですか」
「入っていません。と言うかほとんど行政がマヒ状態ですので」
追川恵美の死亡、相川玲子と九条百恵の逮捕から一ヶ月が経った第二の女性だけの町。
だと言うのに議員たちが軒並み死んだり逮捕されたりしたせいか仮の町長さえ決まらず、一応芥子川萌香とか言う数少ない生存者の議員を首班に据えたが彼女もまた扇動を行ったとして逮捕されており、しかも政治的に追川恵美に忠実であったため第一の女性だけの町を含む外からの提案をことごとく拒絶したため話にならず、現在は町役場の助役の丹治勝美を仮の町長としている。
「彼女は開明的なんだろ?」
「とは言え、この町の住民たちもあの三名が暗殺を起こした、そしてあの三名が自分たちの身を守るために勝算のない徹底抗戦を仕掛けた事に反発しているのであって外の世界の思想信条を受け入れたと言う確信はありません。まだまだ男性に触れるには時間がかかります」
薫は目をパチパチさせながら、この町で育った二人の部下に目線をやった。
石谷と梨田は久しぶりにやって来たふるさとの惨状に、黙って口を開ける事しかできなかった。
第二の女性だけの町からやって来たこの二人には、薫も戸惑っていた。
自分だって相当に偏っているとは思っているが、それでも第二の女性だけの町は異常だった。
(透子さんが言ってたけどよ……歩美さんに取っちゃここがユートピアだったのかね……本当、わからねえよ私には)
文字通りの、ゴミの山。
誰が片付けてるんだと言うと、石谷と梨田を含めて十五人。第一の女性だけの町とほとんど人口が変わらないはずなのにだ。
そして彼女らが担当していた地区は、その二人だけだと言う。この調子じゃ水道工事や道路工事も同じだろとか思って藪蛇を承知で突っ込んでみると、全くその通りだと言う答えしか返って来なかった。
インフラ整備を何だと思っているのか。それこそ町の土台を作って守る最重要な仕事であり、何よりも尊いそれなのに。それこそ必死になってインフラ整備の産業に従事する事を目指し、その夢破れた人間を数多見て来たはずなのに。
何でも、第二次産業に従事する存在は腕力があり、暴力行為を行う事が出来るからそれ以外の力を持ってはいけないらしい。まったく、どれだけ臆病なのか。その力を無暗に振るえばそれこそDV男と同じであり、女性どころか人間として最悪な存在に堕するだけだと言うのに。
「とりあえずゴミ収集車とかが通れる分ぐらいの道路の補修は終わったんだろ」
「現状ではまだ南地区ぐらいです。処理施設そのものは問題ないんですが」
「橋もまともに通れないんだろ、こりゃ修復に相当時間がかかるな。一体何年放置してたっつーかなあなあの整備をしてたんだ」
「二十年以上…いや、少なくとも最初はまともな整備もされていたんですが…」
「しょうがねえよな、そんな待遇じゃよ……」
薫自身、外の世界の刺激の強い創作物に触れるのはまだ怖い。一家の主・大黒柱がそんな物をと笑われるかもしれないが、正直怖い物は怖い。静香にだってはっきりと言っているか恥ずかしくはない。
だがまさかそれと同じレベルで、いやそれ以上に暴力を嫌い、と言うか脅えていた結果だと言うのか。
「歩美さんはどうなってんですか?」
「魁歩美さん、いや歩美容疑者は突入事件の際に警官を負傷させてしまい逮捕されています」
「ああ…」
そしてその町に希望を抱いたはずの女性は、暴行犯として逮捕されてしまったと言う。
「とにかくだ。出来る事をするしかない。しばらくは外の町のゴミ処理施設へ持って行くしかねえだろうな。っつーか予算は足りてるのかよ」
「町議会に費やされていた莫大な経費と、それから電波塔の職員のほとんどがリストラされそうなので案外問題ないらしいです」
「電波塔の職員ってそんなに金食い虫だったのかよ」
「明らかにあり得ない人数が、富裕層と言う扱いであり得ない給料を得ていたようです」
その人数と仕事用具のコストなどを聞かされた薫は閉口し、そしてすぐさま開いた口が塞がらなくなった。
それが、一般的な感覚だった。
自分が一般的な人間でないとわかっていても感じる、一般的な感覚だったはずなのに。
「とにかくよ、町のインフラのために動く人間は偉いって、教えてやんなきゃダメって事だな」
でも今は、彼女らが何をしていたか考えるより、目前の課題を片付ける事。
それが、薫がここに来た役目だった。




