酢魯山澪の正体
「追川絵里子が確保された!?この一大事に…何をやっているのですか!まったく、獅子身中の虫を抱えていると言うのに!子どもたちが慰み物にされてもいいのですかあの媚び売り女狐は!」
大野が十五階に籠城した事を知った酢魯山澪は電波塔に入り、なんとかして十五階の封鎖を解こうとしていた。十五階にはトイレや非常食もありその気になれば数日は立て籠もる事が出来る。本来は今日のような外部からの侵攻時のための仕掛けだったのだが、それがこうして外部からのそれと示し合わせたような結果になってしまったのは酢魯山澪以下誰の目から見ても明らかな誤算だった。大野がなぜこうなったのか、それとも元からこうだったのか。後者だと決めつけている酢魯山の言葉はとげとげしさを増し、彼女の秘書や誠々党議員、電波塔職員たちも震える。
「彼女はこの町に来てすぐ私と距離を置くようになりまして、同じようにオトコに辱められたはずなのに…」
「背中を押してくれたんでしょ?」
「ええ。私がこうしていられるのも彼女のおかげです」
同じ日に第二の女性だけの町にやって来た多川は、うつむきながらつぶやく。
本来なら、彼女もまた外へと出ている日だったのに。室村社の不誠を正し、あるべき姿に戻すはずだったのに。いくら逮捕令状など出ていないとは言え、こんな状態で外に出る事などできない。彼女がいたからこそ室村社を訴えると言う行動も取れたと言うのに、まるでその事を承知しているかのように最悪のタイミングで最悪の一手を取られた。
(まったく、外の連中は考え得る限り最悪の手を取って来てる……あーあ、どうして最善手はわかるのに最悪手はわからないのかしら……)
戦いには慣れていたつもりだった。直接ではないが戦争の経験者として、相手がどういう手を打ってくるか考えていたつもりだったし、尾田党首や追川町長にもちゃんと言い含めて来た。
だがそれも事もあろうに、証明しようもない冤罪を吹っ掛けて来るとは。そんな事をすればこの第二の女性だけの町の正当性を証明するだけなのに、一体何のつもりなのか。だがそれでも、とりあえず目の前の自分たちだけは潰せる。それこそ神風特攻隊そのものであり、外の世界で蔓延しているであろう戦争賛美のそれではないか。美少女だか何だか知らないがそんな存在に釣られて殺戮を是とするなど、それこそ愚中の愚ではないか。
だと言うのに、小学生たちを率いて徹底抗戦するはずだった追川恵美の養女追川絵里子は彼女の同僚に暴行を受け捕縛され、長年鍛えて来た少女たちの中で自衛のために出動できたのはわずか十数名。しかも相手が女だとわかってしまってからは戦う気力もなく、次々と追い返されていると言う。
こんな状態で、抗戦も何もあったものか。
「ねえ、学校に入って追川絵里子を奪還する事は出来る?」
「そんな人員はありません。まともな警官は既にこの電波塔と町議会にいます」
「ですよね。ああ、まさか十五階を占拠されるとは……私の、私たちの夢が……!」
諦めの言葉しか出て来ない。
せっかくここまで来たのに。
ほぼ自分の理想通りに、自分と志を同じくする存在をかき集めた。
自分だけでなく、追川恵美も尾田兼子も一緒だったのに。
自分たち女の心を汚し、踏みにじるような存在を全て排除し世界中を自分たちのユートピアにしたかったのに。
(「また、邪魔される。思想信条を守って動いているだけなのに、一刻も早く世界中を平和にしたかっただけなのに。誰も傷つかない世界が欲しかっただけなのに。
こっちがまともな手で理想を叶えたと思ったはずなのに、まさか同じ女性に阻まれるなんて。そして絶望の果てにたどり着いた第二の理想郷、今度こそ本当の本当にうまく行くはずだったのに……ああ、どうしてこんなに!フェミニズムの正義を分かろうとしないのかしら!)
どうして自分は、第一の女性だけの町でも第二の女性だけの町でも同じ女によって夢を阻まれるのか。
第一の女性だけの町ではせっかく選挙で第一党になりながら旧態依然の保身家たちに手を取り合われ政策は何も実現せず、第二の女性だけの町にてようやくその政策を実現できたと言うのに、第一の女性だけの町の連中がまた潰しに来た。
いったい何が悪いのか。
どうして自分たちの正しさを誰も分かろうとしないのか。
「皆さん……武器になる物は持ちましたか」
「はい」
「私たちは最後まで、正義のために戦うのです。世界中の女性のため、人類の尊厳のために」
同志の娘で、将来町長候補として有望であったはずの追川絵里子すら失われようとしている。
その悲しみと悔しさと辛さをこらえながら、電波塔と言う名の人類の希望に、酢魯山澪は九条百恵を守るために武器を取った。
なお、「水谷町長」こと木谷が、あらかじめ隠しカメラを仕込んでいた事など酢魯山澪は無論追川恵美たちは知らない。
無論盗撮に類する行いだが、その証拠はもうない。
と言うか、遺体を返す事なく焼いてしまった結果隠しカメラも燃え上がってしまい、現物など存在しなくなっている。
盗撮・盗聴での証拠など無効のはずだが、被告三名の現場の証言があまりにもはっきりと入りすぎていたためこの場合は有効になる公算が高かった。
実際、外の世界の警察もそれならとばかりに立ち上がり、あくまでもその罪を咎めるために動いたのである。




