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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第三章 特権階級
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言えなかった理由

「先ほどはすみません。えっと、多川さん」


 多川と言う女性の部屋に入った大野は、先ほどまでとは別人のように頭を下げていた。多川も多川でおどおどした所が全くなくなり、覚悟を決め込んでいた。


 多川の部屋は大野のそれと比べて一回り小さく、家具その他も少し古びていた。例えるならば型落ちと言った風情で、女性だけの町であっても格差のない町ではない事を示すには十分にも思えた。


「あなたはどうしてこちらに……」

「男に、尊厳を奪われまして……」

「そうですか……」


 大野は多川と共にペットボトルの水を呑み合いながら、さっき監察官にしたそれとほとんど同じ言葉をぶつける。

 忘れたいのに思い出してしまう、あまりにも理不尽で暴力的な行いと、それを大して咎めもしない男女。本当の本当に、誰も味方になってくれなかった不運。

「なんと…」

「すみません、辛そうだったのに私ばっかり…」

「いえ、本当、大野さんの勇気はすごいです。私は、私は……」

「多川さんも……」

「いえ、その、ですが……」


 大野の不幸話を聞き届けた多川だったが、舌は依然として重い。まるで何かに拘束されているかのように、彼女は下ばかり向いている。


「と言うかどうしてここに来たのです」

「前の職場で、女だからと……」

 大野も多川も知らない事だが、女性差別を受けたからと言うのはこの町に移住する目的のトップである。もちろん第一の女性だけの町へ移住する目的もそれが多いが、現状では第二の女性だけの町の方がその手の人間の割合では優勢である。


「その結果……で、あなたは」

「私は電波塔に行く事を勧められたけど」

「そうですか……ですよね……」

「えっとあなたは」

「一般の事務員です」


 だが数が多いと言う事は、一番多い役目を当てはめられると言う意味でもある。

 その手の動機でこの町に来た人間が当てはめられるのは、多川の言ったような一般社員。前歴のキャリアなどはほとんど無視され、機械的に決められる。

「私は前の会社で十年働いて来たんです、企画担当として……一応係長になった事もあるんですが……」

「できる人だったんですね」

 大野はと言うと、高卒すぐ就職したのはいいとしてもずっと派遣社員で八年の間に五つも職場を転々としたような存在で、もちろん役職など何にもなかった。


「私は言われたんです。男に、ハゲ頭の男に」

「ハゲ頭の…!」

「今度俺の言う事を聞かなければ出世はもうないと…!」


 その多川「係長」の口から出た言葉は、あまりにも悲痛だった。



「それってセクハラにパワハラじゃ!」

「言いました。ですが誰も、誰もまともに応対してくれなかった。男は無論、女さえも!それで私は反対ですと言ったらお前はそんなだからダメだと、ワガママを言うなと!」

「うわぁ……」

「挙句そんなだからお前は結婚もできないのだと!」

「二の句が継げません……」

 少しばかり反対しただけなのに、人格否定レベルの罵詈雑言を浴びせられる。

 とても許される行いではないはずなのに、やはり誰も味方しない。


「それでこうして会社を去ったのですか」

「ええ。十日前に会社を辞め、この町で新たなる生活を始めようと思いました」

「でもどうして、そんな体験が……」

「話せませんでした」



 つらい体験は話せばすっきりするとか言うが、まずそれをするのが難しい。それを思い返す事が人間にとって苦痛であり、さらに他者にまで迷惑をかけたらどうしようと言う方向になってしまう事もあり得る。他人に愚痴を言えるのはある種の才能で有り、努力の賜物でもある。

「すみません!それはそうですよね………………」

「いえ、私も悪かったんです。本当、もっと素直になるべきでした。って言うか、せっかく同じ人たち、同じ悩みを抱えた人たちの集まりなのに何をおびえているのか、私ってバカみたいだって」

 だが世の中はその努力と才能の賜物が通じる相手ばかりではない。


 好きの反対は嫌いではなく無関心であり、無関心な側からすれば愚痴とはただうざったいだけのシロモノであり何にも面白くない。と言うか無関心と言うのは興味がゼロと言う意味であり、そんな人間にぶつけられる愚痴と言うのはファーストコンタクトでもある。

 そのファーストコンタクトでいきなりやはり知らない誰かへの不満や罪過を垂れ流しにされて大変だったねと言えるのは、よほど人間として懐が広いかその不満や罪過をたまたま共有できる人間しかいない。それこそある種の奇跡であり、ガチャを回すような物だった。

 なればその相手を探すしかないが、それができるほどには多川は交友関係が広くはなかった。ましてや、多川があそこまで大仰に人格を否定された事などなかったしほとんどの人間もなかった。

 彼女の愚痴を聞いてくれるハードルは大野のそれ以上に高かったと言えたのだ。

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