芸術的不適合者
「裁判の時間です、出なさい」
うすら寒く灰色の留置場の、それも特別な部屋に拘留されていた甲斐の部屋の鉄格子が開けられる。
囚人服をまとった還暦越えの老女はふてぶてしく笑いながら体を起こし、全く悩みもなさそうな顔で歩く。
刑務官からしてみれば、信じられなかった。この町でだって死刑が行われた事はあるし見て来なかった訳でもないが、それでも関わって来た凡百の犯罪者とは違い過ぎる。
死刑囚になるような人間は良心の呵責もないのか、この世界で最も良心的である存在が集うべき場所に、ここまでねじ曲がった人間がいると言うのか。
「一応打ち合わせはしたのでしょう」
「ええ」
「あなたにはそれ相応の権利があるのですから、きちんと良心に基づいて発言される事を願っております」
「本当に申し訳ありませんでしたと頭でも下げろって言うの」
「その憎まれ口を一日でも長く叩ける事を切に願っております」
自分なりに、目一杯かけた温かい言葉。それが少しでも彼女の心を解きほぐし親切丁寧な人間になれるようにする事こそ自分たちの役目。電波塔に務め損ねた彼女なりの精一杯の優しさだった。
どんなに拒絶されても、必死に訴えかける。それこそ、何よりの正義だと信じて。
—————無論、相手が受け取るかは別問題だが。
※※※※※※
「平たく言えば何の苦労もなく十五階の職員となった被害者が憎いと」
「それもまた事実です」
被告人の甲斐は、刑務官や弁護士の言葉など一文字も聞いていない。
少しでも反省の様子を見せれば死刑は免れるかもしれないとか言う言葉を無視し、背筋を曲げて寄りかかるような状態である。もし椅子でもあればそこに座ったまま取り調べ室の時の様に足をかけるかもしれない。
と言うか、そうしてやりたかった。
何が法廷だ。
何が弁護士だ。
何のことはない、ただの糾弾大会じゃないか。
実際自分はそれに相応する事をやって来たつもりではあるが、結局何も変わらない。
女性だけの町と言う存在がただの自分たちとそれに味方する存在だけに都合のいい場所でしかない。
「被害者は自ら命を絶ったのです!」
そんな怒鳴り声さえも、彼女の耳には入り込まない。
何の関係があるのか。元から男、いやオトコにより汚されて来たはずなのに、またそれをやられてとどめを刺されたと言うのか。
(あきれたね、つくづくあきれた!そんなんで富裕層になれるって言うんなら外でそうしてたよ!)
それこそ自分がやったのと同じ事をされたのかと思いきや、なんと「マイ・フレンズ」とか言うオモチャのポスターにより気分を害したと言うだけ。
そしてそれを破って持って来たから十五階の職員とか言う存在になれたと来ている。こんなにも馬鹿馬鹿しいお話がどこにあるのか。それこそ私は夫に強引に迫られましたとか大ウソでも吐けば自分もそうなれたと言うのか。
「被害者に対して正直なところをお願いいたします」
「本当に脆い人ですね。その上に勝手に死んで私に罪悪感を植え付けようだなんて、まるであのクズ嫁そっくりですよ。
だいたい、産婦人科だか何だか知らないけど性の営みは不健全なそれではないの。そりゃ女性だけの町を維持するためにはああ言うシステムはしょうがないとしても、私たちは生き物なの。生き物が性から逃れようだなんて!」
だから、こんな女性だけの町を全否定するような言葉しか出せない。
こんな姥捨て山の牢名主ども、それこそ還暦も過ぎた老女をあんな過酷な労働かつあんな低賃金で働かせるようなブラック企業を通り越したような存在の人間をいたわる必要など、甲斐にはびた一文感じられなかった。
何度やっても、ちっとも孕まない。
その事を少しばかり急かしただけで、嫁いびりの烙印を押される。
どうすればいいのと直接言う事をやめて神社仏閣巡りをして安産祈願のお守りその他を買い漁ったら、やってる事がちっとも変わらない上に無駄遣いだからより悪いと言われる始末。
いっその事孤児院にでも言って一人か二人養子にでもしようとか口走ったもんだからそれこそ息子と大ゲンカになり、夫からも捨てられた。
「……この町の住民として、他の女性の安寧をお互いに守ろうとは思わなかったのですか」
「びた一文たりとも」
「どうしてもと言うならば相手を作ればよかっただけの事。それをせずにこんな事をやったのでは、それこそもっともオトコらしい行いであると言わざるを得ません」
「それが何か」
実は、婦婦同士で、同意さえあれば、罪には問われない。ただそのためには婚姻届並みの厳しいそれを出せねばならず、わざわざやるような婦婦などほとんどいないのだが。
「私たちが求めるのは、あくまでも女性のためにどうするべきか、オトコたちの魔手を逃れ、女たちが安寧に過ごせるかと言う事だけです。この町に居る人間にはそれを果たす義務があるのです。それを理解していただく事が出来なかったとは……大変残念です」
「ああそうですか」
ドン、と言う音がする。
誰かいら立ちの余り机でもぶっ叩いたのだろう。
だがその音さえも、甲斐の耳にとっては良質な音楽でしかなかった。




