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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第二十一章 死刑執行
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「抑えきれなくて」

「被害者は」

「しばらく入院する事となります」

「まったく、これも外の世界のオトコのせいよね……」

「ええ。ブルー・コメット・ゴッド病院はもはや立錐の余地なしと言わざるを得ない事態にまでなってしまっております」


 何十年前かの機械音声のように、九条百恵は事件を報告する。追川恵美に返事をもらって少しだけ声は弾んだものの、決して機嫌が良いと呼べるレベルにはない。



 甲斐の死刑執行を数日後に控えたはずの日にそんな事が起きるなど、何がどうなっているのか。



 この世界で一番女性にとって安全な場所で起きたはずの、二件のレイプ事件。不幸中の幸いか今回のは未遂だが、それでも女性として最悪のそれである事に変わりはない。

 追川恵美さえも、かつての津居山恵美のようにコーヒーを飲む量が増えている。彼女自身は特にこだわりがないため缶コーヒーだが、それでも半日で既にふた缶を空にしている。


「せっかく私たちが必死に排除したはずの悪しき文化を、連中はためらいもなく注ぎ続ける。電磁バリアをもってしても食い止められない、何よりも強力なウィルスとして」

「外の世界の連中は高笑いしているでしょうね、結局お前たちのやってる事は無意味だと」

「少なくとも第一の女性だけの町の連中は浮かれているでしょうね、自分たちの言う事を聞けばいいのにと」

「あと十日もすればあの連中はやって来る……」

「本当に申し訳ございません、これまでは我々が何とかしていたのですが……」


 こんな状況で、大事なお客様をお迎えする事などできやしない。肉体労働者が支配しているようなあちらの町では日常茶飯事だろうとは言え、安全都市を謳っているこちらでこんな事件が二件も連続で起きたとあらばそれこそ永遠に突っつかれ続ける。自分の事を棚上げし、こちらの罪を得たりとばかりに責める。そして散々こちらの自尊心を叩き折り、自分の思うがままに操ろうとするだろう。今更秘匿する事などできる訳もない恥辱であり、対処法など正直分からない。

 

 しかも今回はよりにもよって、電波塔の職員と言う名の上流階級がである。



「彼女のように地位も名誉もある人間がなぜそれをしたのか、それについての証言は入っているのですか」

「あまりにも仕事がうまく行かず、そのストレスでと申しているそうです」

「仕事のストレスならば素直にそう言えばいいのに、それとお酒でも呑めばいいのに……もしかして吞めないと」

「いえ、普通に呑めていましたそれでも解消は出来なかったようで、それこそ下手すれば酒浸りになっていたかもしれないと」

「……残念ですね。せめて、私を含む誰かにでも相談していればまだ別の道もあったでしょうに」


 合川と言う電波塔の人間が相手にするのは、外の世界の連中。

 文字通り何度言ってもわからない存在であり、それこそ豆腐を殴るような物だ。いっその事崩れてくれればいいが、実際はどんなに殴っても受け止めたふりをするだけで崩れもしない。どんなに攻撃をかけても崩れる事などせず、皿を取り上げようとしてもにがりを取り上げようとしても、豆さえ取り上げてもすぐに新しいそれが供給されてしまう。

 その終わらぬ戦いに疲れ、退職願を出す人間がいない訳ではない。だがそれでもこの町における最も崇高な仕事である以上給与含む待遇は最上級のはずであり、代わりはいくらでもいた。逆にそれ故に少しでも怠業に走ればすぐさま取って代わられると言う意味でもあり、仕事熱心なのはそれもまた一員だった。

 ましてや、移住者の大半が就く事になる仕事だ。最近ではそれこそ電波塔に入れない人間まで出る始末でありそれが焦燥を生んだかもしれないと言う罪悪感が、追川恵美にない訳でもなかった。

 


 とは言え、地位も名誉もあったはずなのに。


 なぜ自ら、それを手放したのか。


 それこそ何もかもどうでもよくなってしまっている甲斐のような人間とは、合川は全く違う。

 ましてや合川は生え抜きであり、赤ん坊の頃からこの町の教育を受けて来た存在だった。



「とりあえず、被害者である穴山さんは休職扱いとして最大限の心理的ケアに努めるように。これ以上、被害者を出してはならないのです」

「そうですね。和伊崎さんのように志ある存在をこれ以上失いたくはないですからね」

「はい……それにしても、あまりにも、決断が早すぎます……それは、十五階の人間の宿痾なのでしょうか……」


 追川恵美の左目が潤む。


 マイ・フレンズのポスターを破壊した功績により、十五階の職員に命じられた和伊崎。元々正義感が強く、義を見てせざるは勇無きなりを体現したような人間だったはず。

 それが仲間だったはずの存在に最悪の裏切りを受けてしまい、自ら耐えきれず最悪の決断をしてしまった。


 残念ながらと言うべきか彼女の家族とは音信不通と言うか絶縁状態であり、彼女の功績に報いる事は出来ない。だがそれでも出来る限りの事はせねばならない。今生きている穴山だけでも守り、犯罪被害者に対して手厚い所を見せねばならない。



 とりあえず追川恵美は、今日の真女性党の議員全員の昼食のグレードを落とす旨を全議員にスマホで伝えた。


 目的は無論、穴山救済のため—————。

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