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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第二十章 最悪の犯罪
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最悪の犯罪、再び

念のため言っておきますが閲覧注意。

 陥没事故から二日後。

 道路整備担当部門人員募集の看板が、むなしく立っている。


 ちょうどゴミ捨て場になっているその場所には、本来回収されるべきはずのゴミ袋が積み重なり、週一度の回収日を待っている。しかもプラスチックやペットボトルではなく生ゴミも入っているので、正直臭い。



 ゴミ処理にしても道路整備にしても、給料も待遇も世間的な体裁も最低クラス。

 他に食い扶持のない人間が最後の手段として行うような、それこそ高額債務者が借金返済のために行うような仕事。

 いや、それにしても報酬が安く、わかってはいても二度と返しきれないまま死んで行くしかない悲惨の一言のそれ。



 外の世界でそう嘲笑されている事など、合川は既に知っていた。


「賭け事なんかに手を出すからよ」

「なるほど、外の世界で溺れている連中の末路と言う物ですね」

 その上で一笑していたが、それにしては目が笑っていない。


 目が覚めてから、通勤と言う名の数十分の徒歩の間も、午前の仕事中も、カップ焼きそばをすすっていた時も、午後の仕事でも、退社時間になっても。一日中、合川の顔は変わっていなかった。

 彼女は独身ではあるが婦婦となるべく交際している相手はいたはずだが、その相手の事を口にしようともしない。

 交際相手さえもいないせいかだらしないスーツの着方をしている穴山からしてみれば十分なマウントだったが、合川からしてみればそんな事はどうでも良かった。


「賭け事に手を出し、安っぽい女に溺れ、それもダメならつまらない点と線と人工色の塊に浸り……あの海藤拓海の人生を壊した男ももし正道を忘れぬ家族の力なくばまた立ち直っていたかもしれぬと思うと……」

「でも外の世界ではその姿勢があの男を追い込んだとも言われていますよね、ったく……」

「ああそうですね!私たちは軍人、いや蛮族などに負けてはならないのです!」 


 穴山の冗談と嘲笑の色の極めて濃い言葉にも、合川の目はちっとも笑わない。

 外の連中の二段底の恐ろしさを知らされるエピソードであり学校でもこの前中学高校でされた話だから穴山もそういう調子だったのだが、合川にとっては向かい合わされている現在だった。

 

 海藤拓海にどんな過去があろうと、所詮はテロリスト。

 自分を受け入れてくれた町を破壊しようとした犯罪者。

 絶対に肯定してはいけない存在。


 そんな心ない言葉を何度も何度も見せられて来た。無論室村社を擁護するような連中の指殺人の未遂犯たちとも戦って来たはずなのに、相手は痛いとさえ言わずに無視か嘲笑、つまりまったく当たりもしない。その上数が異様に多く、しかもまともに仕事もせずに向かって来る、そんな存在を何と呼ぶかなど明白ではないか。


 野蛮人だ。教化してやらねばならない野蛮人だ。

 元よりそのためにこの町を作った以上仕事に対して不満はないが、それでも一向に話が通じない現実が合川を打ちのめす。

 その上で、野蛮人共は女性だけの町を評価していないわけではないとか言う屁理屈をこねている。

(こちらが手を出せないと知って!)

 第一の女性だけの町が成功したのはなぜなのか賢しらに言う様と来たら、どこまでも小生意気な子どもにしか見えない。ネット上でのやり取りでは元より不可能だが、それこそ物理的に何とかしてやりたい。

 もちろんコンピューターウィルスと言う名の兵器をばらまいてやる事も考えたが、それをやれば犯罪であり相手と同じかそれ以下の存在になる。飽くまでも、飽くまでも言葉でなければならない。それでもちっとも成果は上がらない。成果が上がらなくては給料も上がらないどころかクビになってもおかしくはないが、誰もそうならない。それが、合川と穴山の職場だった。

 

 人間と言うのは、それでも不満は湧き出て来る生き物だった。


 最近、塔の冷房はやけに利きが悪い。そのくせ寒い寒い言う人間の数はちっとも減らず、風邪じゃないかと言われる有様。

 だが体温計で測ると36.3℃、近所の医者にかかっても解熱剤さえくれない。他人に聞いても誰も答えてくれない。嘘を吐いていると言うより、本当に誰も知らない。外の世界から来た人間たちは何かを知っていたようだが、はっきりと答える人間は誰もいない。

 もちろんそれらはストレスとなって合川を襲う。

 余計に体が熱くなり、仕事以外に発散のしようがないから仕事に打ち込む。だが仕事で成果が上がらないのでストレスになる。ストレスで体が熱くなる。これまではその内なくなっていたはずなのに、今回はなくならない。


 暑さのせいか服もはだけてしまう。なるべく貞淑にとか言った所で、元より女性だけの町だからこそ遠慮なくと言う事で露出の少なくない服を着る女性も多い。表向きには遊女とか馬鹿にする人間もいるが、それこそええかっこしいの類でしかない。

 合川は無論そんな人間ではなかったが、それでも視界に入って来る肌色は気になってしまう。


 首筋。

 二の腕。

 

 そして何より—————

 



「ちょっと穴山さん、みっともないわよ」

「何がですか」

「ほらここ、胸元!」

「いいじゃないですか、これこそ女性だけの町の特権ですし」

 ネクタイの結び方が不十分なせいか乱れており、首筋からかなり下の部分まで見えていた。もっとも夜であり特段気にするほどでもなかったが、穴山の言葉により夜の闇は意味をなさなくなった。


 合川の顔が夜の闇を赤く染め、穴山の胸の隙間を広げさせる。


「あまりにも、あまりにもはしたないわよ!」


 はしたないと叫びながら、自らの二本の手でよりはしたなくさせる。


 一度脱がせてから着つけようとでも言うのか、鞄を下ろし上を脱がせる。その意思がわかっていたとしても第三者的に怪しいはずなのに、合川の手は止まらない。




 まるで、あの彼女のように。


「あっえっ…」

「いいから!」


 それからの合川は、もはや別人だった。

 穴山の口を一喝して塞ぐと本当の本当に着つけようとでもしたのか脱がせだし、肌の露出度を高めて行く。


 呼吸は余計に荒くなるが、これまでと違って顔中が笑っていた。



 まるで、全ての夢をかなえられるかのように。



 長年感じていた不満を、すべて吐き出せる悲願の時が来たかのように。


「ちょ」

「いいの!」


 反論など許さない。ただ自分の、悲願のためだけに。


 穴山が寒い格好になればなるだけ、興奮して来る。


 そしてそれ以上に、気持ちよくなって行く。


 今まで感じた事のない気持ちが、彼女の心と体を軽くして行く。



 こんなにも楽しい事があったのか。

 こんなにも素晴らしい娯楽があったのか。



 合川はもっともっと、楽しみたかった。



 そのために上のみならず、下まで手をかけようとしたその時。


 キャーと言うありきたりな悲鳴が響き、穴山の口を塞ごうとして悲鳴の方向を悟った合川は動かなくなった。




 しかしその顔には、焦燥も絶望も何もなかった。




 警官たちさえ戸惑うほどに、彼女の顔は爽やかだった。


 あまりにも、美しかった。

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