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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第十九章 脱走者たちの宴
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誰も思いとどまらない

「そうですか」

「はい」


 津居山院長の死の報を受けた酢魯山澪の顔色は、毎日八時間睡眠を一年続けて来たようだった。

 その上に優秀な化粧品が無理なく乗っかり、年齢相応に美女をやれている。

 口元は引き締まり髪の毛も整い、いつも通りのスーツもしっかり着こなしている。



 だがもし今の彼女の側に誰か一人でも外の世界の人間がいたら、彼女から感じられるのは美しさでもみずみずしさでも清潔さでもなく、狂気だっただろう。


 目が笑っていないとかよく言うが、目だけが笑っていた。

 そこ以外は真面目な町議会議員であり年相応の美女なのだが、目だけが隠しようのないほどに物を言っている。


 どんなに平板にやろうとしていても無駄だと言わんばかりに闇夜を照らし、全てを見通そうとしている。


「それで後任は」

「とりあえずは私が代理となります。しかし津居山院長ほどの人が……」

「彼女なりに期待に応えようとしたのでしょう。ですがそれをやれば外の世界の恐ろしさを忘れたあの連中の餌を増やすだけですからね。ご存知でしょう、今日が何月何日か」

「結局連中は死んでも守ると覚悟を決めたようですからね、ああキモいキモい!」

「弔い合戦ですね」


 何より彼女にとって大事なのは、目の前の訴訟だった。


 昨日、最後通牒の期日だったにもかかわらずノーとさえ言おうとしなかった悪の権化の組織に対し、これから本格的な訴訟を起こす。


 文字通りの聖戦であり、誰にも邪魔などされる訳に行かない。



 ましてや、身内などに。



 確かに彼女の言葉は、一見患者様に寄り添っているように聞こえる。

 だがその実は、あのような存在をありがたがる人間たちの慰み物を増やすだけ。

 もう追放してしまった六十名強の人間たちをどれほど呼び戻せるのか。行先が第一の女性だけの町だったとしても元よりガンギマリ女である以上、おいそれと言う事を聞くようには思えない。ましてやオトコに絡め取られていようものならもう手遅れかもしれない。


 津居山と言う、この町が出来上がった時からブルー・コメット・ゴッド病院に働き院長になって十年以上たっているはずの人間がその事がわからないほどに衰弱してしまったのはなぜか。


「彼女の遺言は」

「室村社の人間に正義を……だそうです」

「外山さんと並んで遺影を作って下さい。室村社に突き付けるのです。

 多くの!仲間たちの!ためにも!」




 やはり、マイ・フレンズではないか。



 あんなののせいで自分たちはこんな事をしなければならなくなり、そして一人の同志が壊れてしまった。そうだ、そうに決まっている。



 タイランの言う通り、彼女もまた室村社のせいで外山のように死んで行った。




 もう絶対に許しはしない。




 面相一つ変える事なく決意を新たにした酢魯山は、さっそくタイランとの間に交わした内容のそれを尾田だけでなく追川や綿志賀、丹治や相川、さらに九条や相川にも伝えた。

(やっぱりオトコなんて幼い時から歪んでいる……私たち女が新たなる時代を作り出しオトコたちを救ってやらなければいけない……そのはずだったのに!)




 酢魯山澪。六十一歳。


 第一の女性だけの町が出来たばかりの頃に母親と共に移り住んだ彼女。


 いわゆる第一次大戦の際に過激派と言われる母を持ち漫画家襲撃事件にも参加しようとして思いとどまったものの団体全体としては敗戦を喫してしまったその後、第二次大戦と言う名の女性だけの町作りに人生を賭けた母。

 だが彼女の母は土木作業などに全く通じておらず、と言うよりその手の仕事を軽視していた。当然その手の作業ではちっとも活躍できず、話が違うとか言いながら何度逃げようかと思い、結局会計部門の下っ端として過ごすしかできなかった。一応創設者の一員として称えられる立場ではあったが、そんな仕事しかしていなかったせいか晩年に町議会議員を数年やっただけで、大した恩恵を受ける事も出来なかった。




 澪はそんな母の下で育ち、古くから第一の女性だけの町におけるエリート街道である第二次産業に乗る事も出来なかった。婦婦となった女性はいたがそのパートナーとも衝突して二年で別れ、外の世界にも追放される勇気もないまま過ごしていた。


 そんな時に飛び込んで来た、第二の女性だけの町の話。

 第一の女性だけの町に完全に失望していた彼女はその時既に病の床に伏していた母の勧めもあり移住し、早速議員として立候補、当選し今まで議員を続けて来た。

(今でもきっと後生大事に持ってるんでしょうね。それでそれを捨てた女が次々とこの町へと追いやられて来る、そりゃありがたくないとは言わないけどあまりにも数が多すぎる……)


 亭主が子ども時代から取っていたしょうもない「宝物」を少しばかり粗略にしただけで離縁され職場からも嫌われ居場所を失いこの町へ流れて来たと言うケースは第一・第二問わずかなり多い。中にはその結果離縁どころか夫が自殺してしまい人殺しの烙印を押された女性までいた。


 スマイルレディーシリーズだって、中学生になれば皆飽きるようにわざと作っている。代替わりと言うか成長と共に大量のグッズが破棄されるのはまったく予想通りと言うか予定通りであり、ある種のはしかを鎮めるためのワクチンとして以上の機能を持たせる気はなかった。もちろんアニメとか漫画とか言う代物がいかに無意味でつまらないか思い知らせると言う役目もあり、まったく未知であるのとつまらないと言う前提条件を持つのでは全然違ってくる。そういう物に執着する存在を自分たちが導き助けてやるべき存在であると認識させる事が出来る。




「津居山院長……安らかにお休みなさい……」




 澪はかつての仲間に向かって、哀悼の意を表しながら故人への贈り物を決めた。




 —————それは、自販機で買った缶コーヒー。




 それも、わずかに一缶である。

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