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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第十九章 脱走者たちの宴
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首脳会談の誘い

いよいよ第四部です。ペースはこのまま……かな。

「意味が分かりません!」

「私だって同じです!」


 道路整備担当職員・甲斐による十五階の職員・和伊崎レイプ事件は、緘口令を敷く暇さえなく町内に伝播した。

 追川恵美町長及び真女性党党首も、綿志賀咲江副党首も、普段二人のガードマンを五人も付けて議場に入った。

「小中学校は」

「全面休校です!」

「被害者の状況は!」

「とりあえず入院はしております!」

 そのとたんに飛んで来たマスコミからの取材にも、ありきたりな言葉しか言えない。



 想像しえない、と言うか想像したくもなかった事件。



 外の世界からやって来た人間たちなど、オトコによって尊厳を傷つけられ痛みを知っているからそんな事などしないと思っていたのに。

 と言うか女性に、それももう還暦近いはずの女性にそんな野蛮な性欲が存在しているなど思わなかった。


 一応法律にこそ強姦罪は死刑として記載されているが、今まで適用された事は一度もない事実上の空文だった。その空文がこうして目覚めてしまう事自体が異常事態中の異常事態であり、議員たちがパニックになってしまうのも致し方なかった。


「芥子川議員!芥子川議員!」


 誠々党党首の尾田兼子は議場の中でまだ若い芥子川萌子の名前を呼ぶが、その直後に彼女から今日の議会は欠席いたしますと言うメールが入って来た。

 議場は文字通りスカスカであり、集会時間になってなお半数の席が空いていた。真女性党も誠々党もなく、議員たちでさえも震えあがっている。


「追川町長!」

「とにかく、犯人の逮捕には成功しています!その上で皆さま、二日ほど外出をお控えください!もし食糧その他が不足しているのであれば警察官自らお届けいたします!もし外に出る場合は小中学校へと向かい、そこの体育館に留まって下さい!」


 とりあえず緊急声明は終えたものの、内心震えが止まらない。怒りとか呆れとかの前に、恐怖心が先立つ。

 追川のようなこの町を作った時からオトコの存在を恐れ、その恐怖から逃れるために町を変えて来たはずの人間として、女がオトコのやるような真似をやったショックは筆舌に尽くしがたい。

 足取りはおぼつかず、女性しかいないはずなのに視線も定まらない。いつ何時、自分が襲われるかわからない気がして来る。

 自分がやられるまで気付かなかったとか言うほど愚かでもないつもりだったが、この町に移り住んで二十年以上、まったく存在しえなかった事態に油断していたのは間違いなかった。




 かろうじて町長として言うべき事を終えた追川は私室へと引っ込み、ベッドに座り込んだ。

 そこには町長と言う権勢をふるうべき存在はどこにもなく、ただ年金支給年齢相当の女性がいるだけだった。


「町長……」

「相川さん………………相川さん………………犯人は……」

「犯人は既に逮捕しています。しかし犯行は既に完遂されており残念ながらと言うべきか逮捕は逮捕でも自首です」


 秘書の相川にさえも視線を上に向けて警戒心を剥き出しにしてしまう自分に嫌悪しながら、抱き着こうとするのを必死にこらえる。最低限の自尊心を必死に保ちながら、目の前の事件に立ち向かおうとする。


「ですね……」

「誰も気が付かなかったのですか」

「ええ、かつての様には……」


 自首と言う言葉もまた、追川たちの心を苛む。

 これほどの重大犯罪を犯した人間を捕まえられなかったと言う証明。

 この町の治安を守るはずの警察官がいかに役に立たないかと言う証明。

 警察の質が落ちていると言われても言い返せない話。

 それこそ、犯人をすぐに捕まえて未遂か、せめてすぐさま送検できていたはずだったのに。


「この町は安全をお題目にし過ぎたのかもしれません。

 安全は弛緩を産み、油断を産みます。この町とて十全でない事を認めなばならないかもしれません」

「そうですね……しかし、もう明日だと言うのに!」

「外の世界にも漏れてしまったでしょう。これでは説得力が大きく削られてしまいますね」

「い、一対何千何万でしょう!」


 しかも、よりにもよって明日は室村社への訴訟のタイムリミット。

 世間の風紀を乱し、犯罪を産み、自分たちを著しく傷つけている存在に対しての聖戦。

 それなのに、こんなタイミングでこんな事件が起きてしまった。

 まるで謀ったかのようにと一瞬思いもしたが、かと言ってそれを証明する事などできない。いくら数の差を声高に叫んだとしても、それと室村社の商品にどれほどの因果関係があるのかなど追川でさえもわかっていない。


 そう、わかっていないしわかる気もない。


 ただただ、外の世界の害悪である存在を消さねばならないと思っている。

 それだけ。

 残念ながら自分だけの人生ではもう間に合わないのはわかっているが、この偉大なる事業を受け継がせるためにも絶対に勝たねばならない戦い。そのためには瑕疵一つあってはならない。


 完璧に。

 清浄なる世界を作り上げる。

 それは女性のためだけではない、男のためにもなる。


 永遠なる繁栄を。永遠なる正義を。


 今はそのための過程であり、まだまだ戦いは続く。


 その事をなぜ皆わからないのか。


 人間として、当たり前に持つべき感覚だと言うのに。




 —————そこまで心を落ち着けようとした所で、電話の音が鳴る。




「第一の女性だけの町の水谷です。追川町長様はいらっしゃるでしょうか」

「私が追川ですが」

「追川町長様ですか、実は私と追川様で町長同士会談を行いたいのですが」


 あまりにも唐突な、首脳会談のお願い。


 しかも電話で。


 普通ならば書面とか何とかで相川とかを通す物だろう。


「そちらが、こちらの町へと来てくれるのであれば」

「そうですか。それでは明日、日程についてまた打ち合わせしましょう。時間は午後六時と言う事でどうでしょうか」

「わかりました。後で議会及び党員にも布告しておきます」



 それでも、追川は受けた。


 業腹だが、この調子だと第一の女性だけの町も強姦事件を把握し、自分たちがドタバタしている事もわかっているのだろう。今更つまらない見栄を張ったとしてもどうにもならない。


 それに、此度の訴訟に向けて味方を増やしておくのも悪くない。何が狙いなのかはわからないが、ぜひ味方にしてやらねばならない。


 そして——————————。


 

「相川さん」

「ええ。甲斐の失敗の無念を晴らします」



 ようやく活力を取り戻した追川は、背筋を伸ばしながら町長室を出た。

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