「五味栗江」
五味栗江と言う女性に出会ったのは、ちょうど十日前の事だ。
第二の女性だけの町で育った彼女がその町から「追放された」のは私と出会う二十日前、つまり今からひと月前であった。
その後彼女は第一の女性だけの町に移住し、そこで前職と同じ清掃業をしていた。
十五年トイレを磨けば家が建つと第一の女性だけの町では言われているが、言うまでもなくそんな花形に職歴ありとは言え新人がいきなり就ける訳もない。と言うか正確に言えば彼女の仕事はゴミ処理だったが、それこそ人員が有り余っている職場だった。
「みんなゴミ処理をしたがるって聞いた時は驚きましたよ」
第一の女性だけの町の喫茶店にて、カルボナーラパスタと私の好物のキウイフルーツが入っていないフルーツサラダを食べながら私は栗江さんの前でノートを開く。
ゴミ処理とか言う力仕事をしていた割には痩せていると言うかやつれた表情と古ぼけた服装をしていた彼女だったが、顔色には十年以上悩んでいた病気が完治したかのような輝きがあった。
そしてその一言だけで、だいたい第二の女性だけの町の現実が分かった気がした。
一応副業でイラストレーターをしていたと言う彼女だが、その収入は子どものお小遣い以下だった。いわゆる良家のおぼっちゃまおじょうさまならば、軽く超えてしまうだろう額。無論副業扱いとは言え、労働時間から来る時給を計算するとそれこそ五時間働いてフルーツサラダひとつも食べられないと言う、ブラック中のブラックである。
現在は描いてないのかと問うた所、とてもそんな気にはならないらしい。実際彼女が描いていたそれは男女とも第一の女性だけの町のアングラ施設にあるようなそればかりであり、男は徹底的に魅力を感じないようにされた醜悪な男、女はとにかくギラギラと輝いた男に全力で媚を売らんと欲しているような女。よそ者である自分がこの町ではその手の人形を好きなだけぶん殴れる施設があると教えると、同じですねと笑っていた。
何でも、小中学校の段階からその手のオトコたちをぶん殴る授業があるらしい。彼女が描いていたのはその殴られるオトコたちの絵であり、それこそ消耗品でしかない。そんなのはそれこそコピーで十分であり、わざわざ手描きするような人間は物好きと言う烙印を押される。もっともその中には出来のいいそれもあるが、元から一山いくらの単位でしか買われないからほとんどどうでも良かったと言う。
話を戻すが、第一の女性だけの町におけるゴミ処理の仕事は花形産業であり、現場担当ともなるとそれこそ富裕層そのものである。公共サービスと言うか第三次産業であろうそれを第二次産業として数えている辺り第一の女性だけの町もずるいが、いずれにせよ町の環境を守るためには必要な産業である事に変わりはない。
と言うか第一の女性だけの町とて町を出る人間の事を追放者と呼び、生前葬を相手の了解なしで行うと言う随分な制度も存在する。外の世界の過激化がどこまで伝わっているのかはわからないにせよ、この町で生まれて育って出ずにいた人間からしてみれば外に出ると言うのはそういう事なのだろう。
「それでも神風特攻隊だの、大馬鹿ガンギマリ女だのまでは言われないだけありがたいです」
栗江さんはスパゲッティを頬張りながら、この町におけるそれなりの闇を飲み込んで行く。自分が経験してきた修羅場に比べればその程度の事などどうでもいいのかもしれない。ちなみにこの町でもイラストレーターとか漫画家とか言う職業の地位はかなり低いが、本人は気にしていない。と言うか第三次大戦をベースにしたありきたりなドラマでさえも楽しんでいる辺り、第二の女性だけの町で持てはやされているスマイルレディーとか言うアニメの程度が知れる気がする。実際この町の演劇のレベルの低さについてはこの町の看板俳優だった存在が外の世界で全く通じずエッセイストとなって身を立てているのだからお察しとしか言えないだろう。
あとスマイルレディーについてはまだ一話しか視聴していないのでめったな事は言えないが、正直型通りとしか言えない。対象年齢小学生らしいが、小学校でも高学年はおろか中学年になったら飽きそうだった。ついでに言えばそのキャラクターのグッズもほとんどないらしく、明らかに儲ける気がないのが丸わかりだった。
そして彼女を町に迎えた女性党の議員が、とんでもない構想を口にしたらしい。
既に、「第三の女性だけの町」の計画が為されていると言うのだ。
そしてそれが第一の女性だけの町と同じく金銭での道具等の購入以外、男性の手を全く借りないそれになると言う。
現在野党であり町全体が正道党事件で打撃を受けている以上自発的にと言う事は出来ないだろうが、それでもアドバイスぐらいならばできると踏んでいるらしい。
要するに、第二の女性だけの町とは全く違うそれになるだろう。
夏休みの宿題はやりました?




