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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
外伝3 「「姥捨て山」と呼ばれて」
128/182

「じゃ、行けよ」

「じゃ、行けよ」



 男言葉ではあるが女性でもなくはなさそうな、五文字のフレーズ。



 私は去年、何かの間違いか流行語大賞の選考委員になってしまった。

 まったく、ほんの少しばかり売れてしまったただの女に対しずいぶんとお世辞を申し述べてくれたもんだ。それでもまあちょっとはぜいたくをしてもいいかとばかりに参加し、あっちこっちから情報を適当にかき集めトレンドを探りもした。


 その際に選考委員の一人がやたら推したのが「じゃ、行けよ」だった。


 彼女は私と同じ作家であるが、たまたま一本まぐれ当たりしたノンフィクション作家の私と違い映画化したヒット作を五本も持つ売れっ子を通り越した大御所の恋愛小説家で、言うなればひよっことティラノサウルスだ。近年ではティラノサウルスはイメージほど勇ましくないとも言われているが、それでもそれぐらいは格の差があったと思っている。今でも思っている。


 その彼女から言わせれば、女性だけの町が出来てから外の世界の女性はますます住みにくくなったと言う。



「私も表現者であるから表現規制に加担する気はありませんが、どうにも違和感を覚えずにいられない表現を目の当たりにした際に引っかからざるを得ないのです。その際の違和感を表現した際、男性にあしらわれた事はないですか」

「少なくとも本が当たってからは」

「それは社会的地位を得たからですね。谷川さんのような地位のない女性たちがその違和感を口にすると、男性からよく言われるんです。じゃ、行けよ、と」


 この行けと言うのが、どこに行けなのか。その答えはすぐに分かる。

「でもそれって、女性だけの町が出来た時からずーっと……」

 しかしその上で私が当然出てくるはずの疑問を返すと、彼女は男性の選考委員たちを見ながら寂しく笑った。


「ここに選ばれるような人は違うけどね、世の中の人間には自分の言う事を聞かないならどっか行けと言う調子で叫ぶ人間もいるの」

「やっぱりそういう事ですか」

「でね、去年あったでしょ。正道党の、黄川田さんの事件。それを承知の上でそんな事件があって決して望みどおりになるとは限らないけどそれでもいいのかって、皮肉を通り越して暴論だと思わない?」



 言う事を聞かない女は女性だけの町へ行って女同士慰め合ってろ—————とか言う調子で女性だけの町へ行けと言い出す人間は、私が物心ついた頃からいた。


 と言うか小学校時代には既に女性だけの町は市民権を得ており、小学生たちの間でも認知されていた。女子だけでなくめそめそしている男子に向かっていじめっ子たちがお前なんか女だけの町に行っちまえとか囃し立てる光景を何度となく見て来ては、男子とはお子ちゃまだなと勝手にマウントを取っていた。この年まで来ると男児も女児も同い年である限り同じぐらいお子ちゃまであり、どっちもどっちでしかない事に気付くのだが。


 ちなみに男性として生まれた存在は例え去勢していても女性だけの町への入町は不可能であり、かなり長い期間団体が交渉しているが不調続きである。


「でも暴論か否かは相手によって変わると思います。私の本だって名著だと持てはやしてくれる人もいれば買って一日で古本屋に流した人もいますから」

「ずいぶんと優しいのね。私はたくさんの女性を見て来たわ、少しばかり男に楯突いたからってそう言われた女性を」

「要するに思考停止、議論放棄のフレーズであると」

「そう」

「でも女性だってそれは同じだと思いますよ」


 確かに言わんとする事はわかるし、データを見た所「じゃ、行けよ」のフレーズはかなり多く使われていた。しかし私から言わせれば、さっきも言ったようにどっちもどっちである。もし「男性だけの町」ができたら取材して一冊書くのとか言われた事もあるが、正直見てみたいし行ってみたい。女がやったんだから男もやってみろと言う訳でもなく、単純な好奇心だ。

「要するに谷川さんは「じゃ、行けよ」はあまりふさわしくないと」

「そうですね」


 この瞬間、「じゃ、行けよ」は流行語大賞の俎上に乗る事はなくなった。彼女は残念そうだったが、時間が有限である以上、一つのフレーズに構ってもいられない。それこそ流行語と言う名の雨後の筍を一本一本構っていては竹林になってしまう。それはそれでとか言うには、歳月は人を待ってくれないのだ。


 


(黄川田達子先生か……)




 黄川田達子と言う作家として名を売り、夫馬崎真一との離婚で世間を騒がせ、そして女性だけの町へ移住して政党を立ち上げ、最終的にテロリストになって自殺してしまった女性。

 彼女はいったい何をしたかったのか。

 元からその気があったとか、夫が自分が嫌いな存在に取られるのが許せなくて拗ねたとか、あるいは作品の売り上げが落ちて自分に絶望したとか、私を含め皆に勝手に言われている。どれが正しく、どれが間違っているのかはもう知りようもない。


 だが確かな事は、彼女は「失敗」したと言う事、もし「成功」していれば天下の英雄になれていたと言う事だけである。

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