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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第十八章 空前絶後、史上最悪の事件
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闘志の行き場が(閲覧注意かも)

「あーあ……」


 和伊崎は十五階を降り、電波塔を出るやすぐさま酒を流し込んだ。

 アル中とか言うつもりもない。予定通りの飲酒だ。

 この町ではいくら酒を呑んで酔い潰れても、襲うような奴はいない。ましてや性的欲求を満たそうとするような奴はいない。

 それがどれほどまでに嬉しく、どれほどまでにありがたかった事か。

 夜道を平気で歩ける安全な町。文字通りのユートピア。

 それを志したはずの第一の女性だけの町がすっかり土建屋の町になってしまい、腕力を持った女性に支配されていると知った時には人類に失望した。


 主権在民とか大きな言葉を抜かした所で、所詮自分は小市民でしかない。支配者を自分で選び、自分でクビにできるのが民主主義である。だがその選択肢は常にベストであるとは限らず、よりベターな存在を選ぶしかない。自分に都合のいい為政者が出てくる可能性はそれこそある種のギャンブルでしかなく、市民にできるのはそっちの方向に持って行くのがせいぜいである。 


 そしてその勝率は、所属する国や自治体によってどうしても変わって来る。



 和伊崎と言う女性は、元からこの町に共感していた訳でもない。

 ほんの少しばかり、他人よりその代物を憎む所が強かっただけだ。


 そんな理由でポスターを破壊し、この町へのプレミアムチケットを手に入れた彼女だったが、それでもその結果としては悪くないつもりだった。家の面積はここに来る前の倍、所得も倍、労働時間も毎日八時間と短くなっている。その代わりずっと座っている事を要求されるそれだが、内容そのものは嫌いではない。それこそオスを殺し続けると言う防衛システムの根幹を担うそれであり、やりがいは半端ではない。第一の女性だけの町にも同じ職種はあるが給料はかなり安く、それこそ道路工事の半分から三分の一だとか言う。そんな待遇で町の安全を守るなど、それこそ搾取ではないか。


「何なのあの女!なんて言われたかすっかり忘れてんの!あれじゃ多川さんと不仲になるのも当たり前よ!」


 その上に、大野だ。


 先輩である彼女は、最近挙動不審だった。仕事こそ真面目だったが交代の時間になるとすごく不満そうな顔になり、上司たちの動向をやたら伺い出す。退勤間近と言う事で浮かれ上がっているのかと思ったが、どうも様子が違う。先輩と言ってもまだ不慣れだからとか言って十五階のあちこちを探るように見回っている。上司に怪しいかもしれないと言ってやったが、こちらの方が新米だから見習えと言われてしまう。

 仕方なく言う事を聞いては見たが、その時の大野の挙動はどうにも不自然だった。自分たちの担当の東南東だけでなくありとあらゆる方向に目をやり、まるでこの場を支配しようとしている。

 その事を自ら指摘すると仕事場を把握して何が悪いとしか返って来ない。口では何十何百体とオスの生き物を殺してやったとか吠えているが、どうにも空威張りに思えて来る。


 決して余計な事を考えず、ただ迫りくる敵を討てば良い。


 そう上司から教えられているはずなのにまったく聞く耳を持たない女。そのくせ上司から評価されている女。ただこの町を守るだけで高給取りでいられると言うのに、何を余分な事を考えているのか。


 そんな彼女の変節ぶりに憤っていると、多川と言う彼女の同期だと言う女性に出会った。彼女は大野の同期で大野のおかげで電波塔職員になれた人間だが、その後は十五階と地上と言う違いもあってかすぐにすれ違い、あまりにも軽挙妄動が目立つ大野を諫言した所あまりにもあらぬ事を言われた—————。







 —————自分たちはこんなに恵まれていていいのか。







 何を言うか。


 自分だってそうだったくせにこの町にやって来る人間はみな深く傷つきそして安寧を求めて来たような存在ばかりだろう。そういう人間が恩恵を受けなくてどうするのか。もしこの町の人間が恵まれていないと言うのならば、それはオトコから直接の被害を受けていないから。いくら本を読み映像を見せられた所で、所詮は一次元二次元の話でしかない。実物には遠く及ばない世界。


 さらに言えば、その実物には遠く及ばない存在を愛でている連中こそ、この町が一番嫌って来たそれ。和伊崎が破いたそれも、 二次元の産物。そんな存在にしがみつくみっともないオトコたちの目を覚まさせる事こそこの町の役目であり、これから始まる特大訴訟の目的。和伊崎は真っ先に訴訟を受け、PTSDの診断ももらった。この町中の人間を原告に仕立て上げ、正しい世界を取り戻す。

 すっかり本来の目的を忘れた第一の女性だけの町の事などもう知った事か。

 

 家に帰ったらもう一杯酒を呑んでそのまま寝てやるかとばかりに、高給取りの和伊崎は歩く。



 既に通い慣れた道。


 多少ひび割れはあるが気にする必要もない。

 まだ工事が終わらないのかと内心で軽く愚痴るが、それでも室村社の連中が送って来るカネかヒトでどうにかなるだろう。


 少しばかり酔ってしまった以上、足元に気を付けて歩かねばならない。

 最近では少しばかり嫌な臭いも感じるが、それはそれで洗えばいいし気にする事もない。むしろ防犯になっているとさえ感じる。

 そう言えばこの町でホームレスを見た事がない。仕事は有り余っているから少なくとも職にあぶれることはないしそれこそ最低でも道路整備などをしていれば食べられる分ぐらいは与えられる。


 何よりこの町にはギャンブルもないから無駄遣いなどありえない。本当に暮らしやすい、女性にとってのパラダイスだ。







「キャッ……」






 そんな足が地に付かないほどに浮かれている人間の体が、いきなり舞い上がりそうになった。


 60キロ近い何かがぶつかり、横倒しにされる。




 ビリビリ、ビリッ!




 何かが裂かれる音が、和伊崎の耳朶を打つ。




 それは他ならぬ、彼女のスーツだった。




(ひっ……)




 悲鳴も上げられないまま、自分の上に乗っかった存在をかろうじて見ようとする。




 還暦間近の人間は、そこにいなかった。




 ただ目を真っ赤に光らせ、口をにやけさせた女が乗っかっていただけだった。

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