過労死ラインに立つ者たち
「聞こえているのかー……」
いくら叫んでも、彼女たちの動きは速くならない。
「あの、えっとどうやるんですか」
しか言えない訓練など全く受けていない野田と、その野田に付いてゼロから教え込まねばならない北原では工事が進むかさえ怪しい。
経験はないのとか北原が聞けるはずもない。この町にやって来る人間でこの手の経験を持っている人間はごくごく少数であり、それこそ宝くじのような物だ。
ちなみに宝くじもギャンブル扱いであり、この町はおろか第一の女性だけの町にさえ存在していなかった。
だがその退屈さに不満を覚えた人間が高齢追放と言う六十歳以上になれば外の世界に出入り可能と言う法の下外の世界に出てギャンブルにはまり財を失い、またまだ若い住人がわざと追放されて外の世界で同様の経緯をたどり本当の本当に男性の慰み物にされるとか言う話もあり、数年前にようやく宝くじが発売されるようになった。一人十枚まで、小学生以下は購入禁止などかなり射幸性は抑えられており、一等賞金も一枚の一万倍止まりに過ぎない。それでもあっと言う間にはけてしまった事から現在では当選金額の上限こそ上がらない物の発行枚数を増やしたり年二回にしたりするなど、極めてゆっくりながらその方向では軟化しつつある。
だがそれは第一の女性だけの町の話であり、第二の女性だけの町にはそんな物は存在しない。金が欲しければ真面目に働けの一択であり、年金制度こそあれどまだ町が出来て四半世紀如きで受給対象者の数は知れている。しかも追川恵美のようなもう受給対象者に入っていてしかるべき年齢の人間たちが受け取らずにいるためか、その分の歳出はなおさら低くなっている。
とにかく、この町には一発逆転の大勝利などない。
真面目にコツコツと働く事だけが勝利の道であり、もし一発逆転の道があるとすれば幼少期からの学問の賜物である電波塔の職員ではなく、議員になる事だけだった。だがその議員とて二大政党に所属するためにはやはり幼少期からの学問を積む事が必要不可欠であり、結局事実上一発逆転の道などないに等しい。
「大丈夫ですかこの水道管は」
「現状では大丈夫だけど、現状ではでしかないわね」
さび付いた水道管の交換を行う北原と野田。もし時間と体力が許されるのであれば、彼女たちにはあと四ケタ箇所の仕事が残っている。ちなみに緊急性を要するのがその内この場所を含めて五〇件ある。無論その全てが彼女たちの担当ではないが、それをやれる人員はちっとも余っていない。
このままでは断水の二文字が見える建物も少なくなく、ダムの貯水率九〇%台とか言う事実は空しく響き渡る。言うまでもなくそのダムもオトコに作らせたそれであるが、今まで特に問題は起こしていない。なのにどうして同じようにオトコに作らせた水道管はこうも早く駄目になるのか、真剣に首を捻っている人間は少なくなかった。
全く慣れない手つきで道具を受け渡す野田は、彼女にはやや大きい作業着を身にまとっている。
なぜか赤い染みが付いたその作業着には、先ほど飛んだような誠意のない声は飛んで来ない。
「北原さん」
「何ですか」
「彼女は……死んだんですか?私もよく知っているそれで」
「私には………………………………」
そうは思えないとか、わからないとかは言えない。
外山が「マイ・フレンズ」とやらについてどれだけ知っていたか、同僚であったのに何も知らない。
上司から「マイ・フレンズ」がいかに世の中にとって害毒であり外山の心を深く傷つけ、さらにそれをどうしても解決できない自分の非力さを嘆いて自殺したと聞かされ、遺書も見せられた。筆跡が間違いなく彼女のそれであり、信じるしかない気にはなった。だがそれなら、少しでも同僚であったはずの自分に愚痴を言って欲しかった。
このしかのみとか言われる仕事に就かざるを得ず、それこそ栄養ドリンクを水のように飲んで来たはずの自分たち。それなのに、ちっとも余計な事は話していない。いつも仕事ばかりで、パートナー候補を含め浮ついた話など全くない。せいぜい、ヒットザターゲットのスコアを話し合うぐらい。水道整備だけでなく他にも同じような仲間が沢山いたはずなのに、なぜか会話できなかった。
それこそ仕事が始まってから終わるまでずっと、仕事の事以外何もしていなかった。と言うかそうしないととても終わらず、と言うかそうしていても終わらなかった。
それでも、外山は決して弱音を吐いたり、苦しそうにはしていなかった。まさかその裏で「マイ・フレンズ」への恨みつらみ憎しみを抱え込んでいたのか。突発的に飛び降り自殺したとか言うが、なぜ話してくれなかったのか。
どうしても、あの時の笑顔と奥底にたまった憎しみとが結び付かない。
それではやはり——————————。
「ああすみません変な事聞いちゃって!仕事頑張ります!」
「そうですね!」
その可能性を打ち消すために、目の前の高尚な行いに集中するしかない。
それが、今の北原のできる精一杯の行いだった。




