欲しがりません勝つまでは
「店長……」
「しょうがないでしょう」
点崎は、お客様になるはずだった女性のずいぶんな行いに対しても何のリアクションもしなかった。
仕事帰りの弁護士が入って来たと同時にそっぽを向いてしまいスーパーの中の空気を無駄に入れ替えた理由を、誰よりもよくわかっていたからだ。
「床道さん、この町のお酒のおいしさはよくわかってるでしょう。みんな欲しいの、お酒を誰よりも安全に、気の置けない仲間たちで楽しみたいの」
「……だからすぐ消えるんですね。強力な消しゴムみたいに」
床道と言う名札の付いた店員もまた、この町の酒の味を知っていた。
市販品でさえもこれまで吞んで来たそれとは格が違い、しかも値段も安い。ゆえに過当競争になって潰れてしまう店もあったが、それでも残った店の質はさらに向上して行った。
「酔っぱらって道端で高いびきをかいて眠っていても、誰も襲ったり盗んだりしない。まあそれをやれば外の世界でオトコに食い物にされるだけだって赤ん坊の時から子守唄の代わりに聞かされてるだけだけどね」
「…………ずるいですね」
床道はため息を吐く。
元々外の世界で過ごして来た彼女がこの町に来たのは二十歳過ぎてからであり、この町での教育は受けていない。この町で地道に勤め今では副店長と呼ばれるまでになった彼女であるが、どうしても外様と言う感覚は抜けない。大した資格もなくただなんとなくこの町で就職した彼女は自分なりに仕事もし資格も地位も得た。だが伴侶だけは未だにない。
「ずるい、かあ……私は二十歳過ぎてもまともに働かずにこの町に連れ込まれて、いつの間にかって感じだけどね。私をこの町に置き去りにした両親は既にあの世へ行ってて、お互いほとんど没交渉で良かったと思ってるけどね」
「はあ…」
「ちょうどこの町が出来て二年目だったから、ほとんど何もないだろうと思って不自由すればいいと思ってたんだろうけど、この町はその時にはほとんど出来上がってた。後足りないのは人だけだった。だから私はこの店の店員にあっさり落ち着き、今の今までってわけ。その事を聞いた時には悔しがってたわよ、二人とも」
「あははは…」
一方で点崎もまた、この町の生え抜きではない。
オトコたちに町を作らせた際に移住した人間とそれから一年の間に産婦人科で産ませた子どもたちは生え抜き世代とされ、それ以降に町にやって来た二十歳以上の人間は移民世代と呼ばれている。十年以上一緒に仕事をしながら知らなかった事実に苦笑いを浮かべると、点崎店長は深く伸びをする。
「……そう言えばさ、ニュース見た?」
「ああそれですか」
「あと二週間はかかるって言うけど、それで解決するとは」
その移民世代の人間は、不思議なほどに政治と言うか議会と縁がない。亡くなった岸はこの町で生まれた第一世代だし、未来の町長候補と言われる芥子川も四歳の時にこの町に母親とともにやって来た。追川町長は生え抜き世代だし、それまでもずっと生え抜き世代が議員を務めて来た。別に真女性党も誠心誠意党も、入党規定に生え抜き世代出なければいけないとか言う党則はない。
だがそれ以上に、生活が大変過ぎるだけだ。
このスーパーにお酒は、もうひと月近く置かれていない。
お酒が置かれるべきスペースにはミネラルウォーターが十日前から鎮座し、その代償のように本来ミネラルウォーターが置かれるべき場所が照明が落とされている。
他にも埋まっていない商品棚が存在し、店員や客たちを照らしたり照らさなかったりしている。
商品があるかないかわからない店に、やって来る客は少ない。当然それは商売によくない話であり、閉店とか言う文字すらちらつく話になって来る、はずだった。
だがこの店に来る客は、一向に減らない。無論多くは徒歩十数分の最寄りの店舗を当てにしている客だが、それらの常連客がこんな隙間だらけの店舗に通ってくれている。
段ボール箱が運ばれてくる。
路上駐車されたトラックから、ドライバーが数分ほど歩いてと言うか担いで来る。荷車に積みながら、背中にも背負っている。その後ろにはお巡りさんもいるが、見て見ぬふりをしていた。
そう、商品は届いている。
常連客が来るのは、それを楽しみにしているからだ。
店員たちも段ボールを解放し並べて行く。お客様がいる中で、現在進行形で。
「私行きますので」
床道は段ボール箱の方へ行き、点崎は点崎でレジに向かう。一応セルフレジを導入してはいるがそれでも不備があったり不慣れな客がいたりするのでなかなか離れる事は出来ない。そして何より、何が来たのとはしゃぐ客たちにガチャの結果を教えなければいけない。
少なくとも、今日もお酒はない事も。




