基準
「大乱闘○○○○○シスターズ」を任天堂が商標登録したって話はマジなんですかね?
「被害者は」
「七発殴打され、さらに頭部を負傷しており全治一か月の重傷です」
「財布から現金は」
「抜かれていません」
中村と言う新米職員の門出は、急に悪い方向に傾いた。
強盗とかならまだしも、ただただ暴行のためだけの暴行。
ある意味、最も性質の悪いそれ。
犯人は言うまでもなく、この町の住民。
治安の良さもアピールポイントであるはずなのに、一日で破られたのだから目も当てられない。いや事件そのものがゼロと言う事はないが、それでも新しくやって来た人間にとって一件の事件はよそで起きた千件の事件よりも重たい。
「しばらくはマンションの住民は警官同伴とか、あるいは集団での出社・退社とするとか」
「こんなにきれいなマンションだってのに、あーあ何なの全く……」
アスファルトにへばりついて主張する、赤い点。ここで何が起こったのか、どんなに覆い隠そうとしても主張をやめない全く罪のない赤い点。
「それで容疑者は」
「森川と言う入町者です。あの二人に代わってゴミ処理を担当する事になっていたのですが……」
「ですが、これでまた人がいなくなるのよね……あーあ、またしばらく本庁から応援を呼ばねばならないのよね……」
「最近多いのよね、ガンギマリ女たちが……人口は増えているのかしら……」
森川と言う新たな入町者。
ついこの前町から追放された二人のゴミ処理担当の代わりとして配置したはずなのに、こんな事になっては言うまでもなく即クビである。ゴミ処理担当が二人とも追放されてからは本部や他地区から救援を出して辛うじて凌いでいた所にようやく代わりがやって来たのに、また一からやり直しであるから警官ならずとも頭が痛くもなる話だ。
「来る者拒まずとかできるの」
「出来ると言うかやらなきゃいけないんでしょ、空き家の問題もあるし」
中村が入ったマンションは、それこそ最後の最後の空き物件に近い。中村ほどの待遇を受けられない人間たちは、それこそ追放されたガンギマリ女が住んでいたような家に行くしかなくなる。ある種の事故物件扱いなので家賃はそれ相応に安いが、当然そういう人間が住んでいたから建物はお察しであり、この町にやって来て一発逆転を夢見た存在からしてみれば話が違うとなっても不思議はない。
そして、彼女の事件はそれ以上に重たい意味を持っていた。
※※※※※※
「間違いないのですね」
「間違いありませんけど」
取り調べ室にて、森川は足を伸ばしながら答えた。ついおととい、出したばかりの履歴書を刑事に持たれながら、暴行の現行犯とは思えないほどふてぶてしい顔をしている。
「あなたの事をオトコに傷付けられた被害者と見なしていたからこそ、我が町は優しく受け入れたのです。それを平然と踏みにじるとは何ですか」
「ああそうですよ、本当の本当に私はオトコに二股かけられて捨てられた女ですよ!誓ってウソなんかじゃありませんからね!」
そういう人間を受け入れるのが役目だろと言わんばかりに鼻を鳴らし、化粧っ気のびた一文ない顔を刑事に向ける。
元々牛丼屋で食事を盛るのと会計する事しかして来なかった、文字通り細腕の女性。それなのに素手で中村を七発も殴って怪我をさせると言う、相当に大それたことをやってのけた女。
「まさかと、思いますが、外の世界でも」
「ええ。二股かけて捨てたオトコを十発ほど殴って逮捕された事もあります!それが何か?いけませんか?」
警官がまさかと思いながら恐る恐ると言った風情で声をかけると、森川は臆面もなく首を縦に振る。
「結婚の約束までしました。だと言うのにそのオトコは好きになった女がいるからと、女性として一番大事な物をささげた私を捨てたのです!ほんの小銭で!」
「それで…」
「顔とオトコとして一番大事な物を合わせて十発殴りました。そのせいで私は塀の中に入り、仕事も何もかもなくしたんですよ!と言うか、元から何にもなかったですけどね!それでもここに来ればなんとかなると思ってたんです!それなのに、それなのにゴミ処理担当とか、何が悲しくてそんな事しなきゃいけないんですか!」
先ほどの言葉が森川の口に火を点けたのか、声を上げて演説を始め出す。
自分が今まで何をされて来たか。
小学校時代にいじめられ、六年生の際に事なかれ主義の教師を階段から突き落としいじめっ子を教科書で五発殴って二階の窓から突き落として重傷を負わせ、ようやく向こうから謝罪を勝ち取れたもののそれで札付きとなり中学時代は完全に孤立し、逆にケンカを吹っ掛けられるようになった。だが小学校時代のそれは半ば衝動でやったため連戦連敗であり、ついにはあの一件で失職した教師もどきの親族から袋叩きにされる事態に見舞われてしまう。
それで腹を立てて高校に入ると秘かに体を鍛え、学校にもまともにいかず暴れ回りほとんど珍走団の一員のようになっていた。そして親とも自然と疎遠になりなんとか卒業だけはしたがその後はフリーターと言うかチンピラのような生活となり、それこそオトコにしがみついてと言うか乗り換えて過ごして来た———。
「それはオトコの悪と言う物!」
そんな大演説に耳を傾ける事なく、刑事はそう声を張り上げた。




