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女性だけの町BLACK  作者: ウィザード・T
第一章 もう一つの女性だけの町
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首相・追川恵美

 この町の中央に存在する、平屋建てながら広大な面積を有する建造物。


 その少し北には町をどこからでも睥睨できそうなほどの、この塔が大嫌いならば毎日上るだろうと言うジョークを飛ばしたくなるような塔がある。


 二つの場所がどういう地位を占めているか、その答えはこれだけで明白だった。




「お待たせいたしました」


 徒歩十五分の所から、車に乗ってやって来た女性。


 この町にて、もっとも権力を持った女性。


 いや、人間。


「追川首相、どうぞこちらへ」


 首相と呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべながら、運転手の女性と共に平屋建ての建物に入って行く。

 車に鍵をかけるような事はしない。そんな事をするような人間は、この町においては物笑いの種であると言うのが首相こと追川恵美の持論だからだ。

「ここに住んで一年も経てば、誰も鍵なんかしなくて良くなる。誰にも脅かされない、真の平穏がこの町にある事をみんな知る事になる」

「そうですね」

「本当はあの塔もいらなくなればいいんだけどね。そうすればもっと別の事にもお金を使えるのに」

「はい」

「今日も町の平穏が続きますように……」


 追川恵美の顔には、一点の曇りもなかった。



「おはようございます」

「おはようございます」


 毎日繰り返される定型文のあいさつ。


「今日もまた頑張りましょう、世界のために!」


 町中に通るほどの声を響かせながら、その女性は門をくぐる。文字通りのパンツスーツを身にまとい、上から下までビジネスウーマンのスタイルを着こなすその姿はまさしくエリートのそれだった。


「おはようございます」


 そんな彼女はエレベーターの前に立つまで出会う人間すべてにあいさつを繰り返し、さわやかな笑顔を振りまき続けた。


 やがてエレベーターは音を立て、重々しい扉を開く。


「本日は午前九時から集会だったわよね」

「尾田先生も既に参られております」

「兼子先生はお元気ですか」

「無論です」

 誰もが追川恵美と似たような服装をし、深く頭を下げる。

「とりあえず挨拶に行くわ」



 恵美は赤じゅうたんの敷かれた廊下を歩く。

 両端には手すりが付けられ、時々並ぶ机の上には裁判所でもないのに天秤の飾りがある。

 花はなく、白い壁がしっかりと恵美を見守っている。

 

「失礼します」

 そして恵美自らドアを三回叩く。そのノックと声に応えるようにドアは開き、恵美より少し背の低い女性が椅子から腰を上げる。



「追川さん、本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

「今日もまた、この楽園を守りましょう」

「そうですね」


 尾田兼子。


 少し前までは鬼もひるみそうなほど鋭い目つきをしていたとは思えないほど柔和な顔立ちになっていた女性。


「ここに来て随分変わられましたね」

「お互い様でしょう。毎日毎日イライラなさってたんでしょう」

「いかにも。本当、二度と振り返りたくない日々ですね」


 この挨拶は江戸時代に毛利家が「倒幕の時期は」「時期尚早」とかやっていたのと同レベルの年中行事、いや日常生活である。


「我々の目的、いや人類すべての平穏のため、今日も戦いましょう」

「ですね」


 二人の顔に、何の憂いもなかった。




※※※※※※




「とりあえずバリアの方は良好……と。私たちがしっかりしてないと、この町は終わっちゃうからね。この町を安全な町にするために、ね」


 彼女たちの仕事は、五重のチェック機能の一段階目である。この町に住む女性ならば誰もが憧れる役目であり、この電波塔で働く千人近い女性の九割以上がその役目を勤めている。


「入町希望者はどうなってます」

「いるわね、五人ほど。内訳は五十二歳、七十二歳、三十歳と九歳、そして十七歳」


 そんな彼女たちのメインワークは、入町希望者たちの管理だった。

 五人のプロフィールが次々と画面に表示され、戸籍から趣味嗜好職歴家族構成その他が彼女らの知る所となる。


「えっと、移住希望者がこの五十二歳と七十二歳の叔母姪、あと三十歳と九歳の親子……」

「あと十七歳の方は観光となってます」

「ペットはどうなってるの」

「叔母姪の飼っている犬が実は……」


 相方が言葉を濁した事で全てを察した彼女は、すぐさまメールソフトを開いた。


 実に手慣れた手つきで、何十度目かの定型文を打ち込む。テンプレートは実際存在するが、それでも彼女はある意味での手書きでの入力を好んだ。


「相変わらず速いですね」

「あなた何やってるの」

「実はその最中に野良犬が見つかりまして、ああ今やりました」

「ああそうごめんなさい」


 この町に来るに当たっては彼女たちから、いや住民の全てから認められなければならない。住民たち全員が来訪者を安全だと認めてこそ、一部になれる。




「当町ではお二方の移住を大変歓迎しております。されどお二方が愛玩動物としている犬のコタローちゃんにつきましては、当町の規定によりその移住を認めておりません。心苦しい事この上ないのですが、どなたかに譲渡していただくか購入店舗へと返却するように願います。もし万が一存在を秘匿して入町した場合、我々は添付された写真のような処置を取りますゆえどうかご容赦くださいませ。」




 そう独身の叔母姪に送られたメールには、一匹の仰向けになった野良犬の写真が添付されていた。




 黒こげになったまま、睾丸と陰茎をむき出しにした姿で。

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