第009話 お料理
俺達は森の中を歩き始めた。
先頭が剣を持ったリーシャであり、その後ろを俺とマリアが並んで歩いている。
「森の中って目印がないし、ぐるぐる回るって聞いてことがあるんだけど、大丈夫かしら?」
先頭のリーシャが聞いてくる。
「大丈夫。一応、方位磁針は持ってきたからな。そういうことはない」
俺達は北に向かって歩いている。
この先に何があるかは知らないが、不運のマリアが提案した南よりかはマシだろう。
「空を飛べるようになるまで魔力が回復するのはどのくらい?」
「魔法を一切使わなければ数時間程度だ。だが、水なんかも必要だし、保温の魔法もいるだろうから半日はくれ。我慢できるなら数時間だな」
「無理ね」
「無理ですー」
残念なことに俺達は温室育ちの王侯貴族なのだ。
我慢なんかできない。
ましてや、リーシャもマリアも服がボロボロだ。
とてもではないが、保温の魔法がないと夜を越せないだろう。
「リーシャ、動物かなんかを見つけたら確実に殺せ。飯がないぞ」
「そうね…………ちなみに、この中で調理できる人はいる?」
「……………………」
「……………………」
リーシャが聞いてくるが、王侯貴族である俺達にそんなことができるわけがない。
「焼けばいいだろ。お腹を壊しても回復魔法が使えるマリアがいるから何とかなる」
「ハァ…………一昨日から波乱万丈になったわねー」
「冒険だよ。とても貴重な体験だ」
あのまま王位についていたら絶対に経験できないだろう。
まあ、別にしたくもないんだけどな。
「そうね…………2人共、下がりなさい! またゴブリンよ!」
俺とマリアはリーシャに言われて、少し距離を取った。
すると、リーシャが一気に踏み込み、出てきたゴブリンを一刀両断する。
「ふっ! この絶世のリーシャ様に勝てるものはない」
ゴブリンを瞬殺したリーシャがまたしてもかっこつける。
もしかしたらあれは決め台詞なのかもしれない。
「リーシャ様は本当にすごいですねー」
マリアがリーシャを褒める。
「私は剣には自信があるからね」
実際、こいつの剣はすごい。
何故、公爵令嬢がそんなに剣術が得意なのかは知らないが、本当にすごい。
「リーシャ、かっこつけるのはいいし、かっこいいとは思うが、飛ばすなよ。お前が潰れたら終わる」
「わかってるわよ。マリアも無駄にヒールはしないで。魔力を温存してちょうだい」
正直、前を歩くリーシャは枝が引っかかり、あちこちに傷ができているし、ドレスもかなり悲惨なことになっている。
「はい」
マリアは心配そうにしているが、ボロボロなのは俺達も一緒だ。
さっさと森を出て、どっかの町に行かないといけない。
俺達はその後も歩き続けていったが、次第に辺りが暗くなってきた。
「さすがに夜は動けないわよね?」
「ライトの魔法を使ってもいいが、魔力温存の観点から見ると、休んだ方が良い。夜のモンスターも怖いしな」
いないとは思うが、ゾンビや夜行性の強敵が現れるのが怖い。
「どこかで休みましょう」
「あのー、ご飯は……?」
マリアがおずおずと聞いてくる。
「寝床を見つけるまでに見つからなかったら抜きだな」
「そんなぁー……嫌なダイエットです……」
俺だって、ダイエットなんかしたくないが、ないものはないのだ。
俺達はその後も歩き続けるが、遭遇するのはゴブリンばっかりだ。
さすがにゴブリンは食べたくない。
というか、食べられるのかね?
「お腹が空いてきましたー……」
「俺もだよ」
腹が減ってる状態で歩くのはかなりきつい。
「…………2人共、狼でいい?」
俺とマリアが愚痴っていると、リーシャが聞いてくる。
俺はリーシャにそう聞かれて、前を向くと、リーシャの前には狼が牙をむいて、立ちはだかっていた。
「お、狼です!」
マリアはビビって、俺の背中に隠れた。
「一撃で仕留めろ。絶対に逃がすなよ」
「わかってるわ。この絶世の――ええい!」
リーシャがかっこいいセリフを言おうとしていると、狼がリーシャに飛びかかった。
まあ、畜生が待ってくれるとは思えないので仕方がない。
とはいえ、リーシャは飛びかかった狼を剣で突き刺し、一撃で仕留めた。
「よし! 晩御飯!」
リーシャは倒した狼から剣を抜くと、尻尾を掴んで、狼を引きずりながら歩き出す。
「なんてたくましい人なんでしょう!」
「ホントな」
あれが次期王妃様だった公爵令嬢の姿だ。
俺とマリアはたくましい絶世のリーシャを追って、歩き出した。
再び、歩き出していくと、どんどんと辺りが暗くなっていく。
「限界だな…………そろそろ野宿にしよう」
これ以上は無理だ。
「そうね…………あそこに洞窟があるわよ」
リーシャに言われて岩山を見ると、確かに穴があった。
「ちょうどいい。あそこを寝床にしようぜ」
俺達は洞窟の前まで行くと、枯れ木を集め、俺の火魔法で焚火を作り、腰を下ろした。
「疲れましたー……」
「さすがにね」
「だなー」
俺達は焚火を囲みながら一息つく。
「ところで、この狼さんはどうやって食べるんです? 誰も調理できないんですよね?」
マリアが近くに転がっている狼を見ながら聞いてくる。
「とりあえず、適当に切って、枝を刺して、焼けばいいでしょう」
「それしかないわな」
それ以外知らないし。
「わ、私はできませんよ」
「期待してない」
ホント、ホント。
「俺がやる。リーシャ、剣を貸せ」
というか、返せ。
「はい。この剣、すごいわね」
リーシャはそう言って、剣を渡してくる。
「そりゃ、王家の宝剣だからな」
俺はそう答えながら狼を切っていく。
「そんな宝剣が包丁代わり…………」
他にないんだから仕方がない。
俺は獣の解体なんかしたことはないが、適当に狼を捌いていき、肉を枝に刺し、リーシャに渡していく。
リーシャは受け取った肉を焚火で炙っていった。
「味付けなんかないですよね?」
「あるわけないでしょ。その辺の草と一緒に食べたら? 香草焼きになるかもしれないわよ?」
「どれが香草かわかんないです…………私、役立たずですみません。田舎者のくせに何も知らなくてすみません」
マリアがしょんぼりし、俯く。
まあ、いくら自然いっぱいの田舎者とはいえ、貴族令嬢であるマリアが詳しいわけがない。
「何を言ってんだ。お前が一番活躍するだろ。お腹を壊したらヒールな」
そもそも狼って食えるのか?
食べたことがないぞ。
「寝る前にキュアをかけますね。それでお腹を壊すことはないと思います」
マリアがいてくれて良かったわー。
俺とリーシャだけだったら食中毒で死んでたかもしれんな。
「ねえ? こんなもんかな?」
リーシャが焼いた肉を見せてくる。
「わからん…………わからんから念入りに焼いておけ。味付けもないし、楽しむより、腹が膨れる目的にしよう」
「それもそうね」
リーシャが再度、肉を炙り始めた。
「たくましい王子と公爵令嬢だなぁ……」
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