第082話 賭け
マリアが船室から戻り、朝食の携帯食料を受け取った俺はマリアと話しながら海を見渡し続けた。
しかし、一向に船は見当たらず、昼になった。
昼になると、またもや昼食の携帯食料を食べ、海を見渡し続ける。
マリアは昼になると、リーシャのもとに行き、話をしていた。
俺はそれを見ながらも海を見ているが、船の影すらない。
そして、その日はそのまま夕方になり、暗くなったので夕食を食べ、就寝した。
翌日になると、リーシャも甲板の先に立つのを止め、一緒に操舵室で船を探すことになった。
交代で休みながら船を探すことにしたのだが、この日も船を見つけることができなかった。
その翌日も同じように船を探すが、見つけられず、さらにはその翌日も見つからず、ついには1週間が経とうとしていた。
「船…………ないです」
操舵室で座り込んでいるマリアがボソッとつぶやく。
「見当たらないなー」
海ばっかりだわ。
「疲れた、飽きた、お腹空いた」
リーシャが愚痴をこぼし始めた。
「我慢しろー。もう1食分しか残っていないんだから」
1週間分の食料があったのだが、ちょうど1週間で尽きかけていた。
3人で話し合って、これで3週間は持たせようと決めていたが、無理だった。
節制? 我慢?
そんなことができる貴族様はいないのだ。
どうせ明日には船が見つかると言って、普通に食べてた。
「ロイドー、魚を獲ってきて。いっぱいいるでしょ」
「泳げんわ。お前が行ってこい。得意の剣で突き刺せ」
「私も泳げない」
知ってる。
「「マリア…………いや、なんでもない」」
俺とリーシャが同時に口を開き、同時に口をつぐんだ。
「…………何を想像したんです?」
泣きながら海に沈むお前。
「マズいなー…鳥でもいれば魔法で撃ち落とせるんだが、鳥もいない」
「ねえ、鳥がいないって相当、沖に流されてるんじゃない?」
俺もそんな気がしてきている。
いくらなんでも何も遭遇しないってのがね……
「…………無視ですかぁ」
マリアが愚痴をこぼすが、元気がない。
「最後の賭けに出るか…………」
「船を動かす案?」
「だな。最後の食料を食べて、俺の魔力でフル稼働させる」
もう携帯食料は3人で1食分しかない。
もっと買っておけば良かったと思うが、これでも余分に買った方だ。
「間違った方向に行ったら?」
「餓死」
「餓死は嫌ね。ロイド、殺してちょうだい」
「殿下ー。私もー」
えー……
「3人で海に身を投げようぜ」
「苦しいのは嫌」
「楽に死ねる魔法をお願いします。眠るような感じで」
まあ、睡眠魔法で眠らせてから殺せばいいんだけど、普通に嫌だわ。
「もっとポジティブなことを言えよ」
「ロイド、死ぬ前にキスして」
「殿下ー。私もー」
ロマンティックではあるんだがなー……
ポジティブではない。
「ダメだ……腹が減っていると思考力が落ちる。お前ら、最後の食料を食べるぞ」
俺達はカバンから携帯食料を取り出し、食べ始める。
すると、空腹による倦怠感がなくなっていき、元気が出てきた。
特に贅沢のために買った砂糖菓子がすごい効果だ。
「あー、生き返るなー」
「そうね」
「美味しいですー」
俺達はあっという間に最後の食料を食べ終えてしまった。
「さて、食料は尽きた。これからこの船を動かし、まっすぐどこかに向かう」
「どこかってどこよ?」
「知らん。マリア、お前に賭けよう。どっちに進んだ方が良いと思う?」
「あっちです!」
マリアは自信満々に右方向を指差す。
「左ね」
「よし! 行くぞ!」
俺は舵を握ると、魔力を込め始めた。
「わかってましたけど、ショックですぅー…………」
パニャの大森林の時もお前が指した方向とは逆に行ったらジャックと会えたんだからしょうがないじゃん。
「ある意味、あなたに賭けたのよ」
「嬉しくないですー」
マリアが不満そうに首を振る。
「よし、準備完了! マリアを信じて出発だ」
「全然、信じてないですし、しかも、失敗したら私のせいにする気満々な気がしますー……御二人ってそういうところがありますよね」
マリアがジト目で俺とリーシャを見てくる。
「お前はもうちょっと友人と旦那を信じるべきだと思う」
うんうん。
「そうよ」
リーシャもうんうんと頷いた。
「信じてますよ。ものすごく信じてます。学生時代からハイジャック、そして、その後もずっと信じています」
マリアはものすごく良いことを言っている気がするが、それと同時にものすごい含みを持たせた言い方もしている。
「信じることは良いことだ。行くぞ」
「あいあいさー!」
俺はマリアの掛け声と同時に魔力を込めた舵を左に切った。
すると、普通の船はゆっくりと、左に曲がっていくのだが、この魔導船は普通よりも小回りに曲がっていく。
そして、飛空艇を操作する時と同じく、舵を押した。
「おー! 速いですー!」
「いい感じね」
2人が驚いたように魔導船は風とは関係なく、すごい勢いで進んでいく。
「リーシャ、マリア、ちゃんと周りを見ておけよ。船を見つけたら即、白旗を上げて救助を呼ばないといけないからな」
俺がそう言うと、リーシャが真っ黒な笑みで白旗ではなく、腰の剣を触る。
「わかってるわ」
「最低ですー。そんなんだから黒王子と下水令嬢って言われるんですよー。白旗を上げてからの奇襲なんて武人の風上にもおけない畜生行為ですよ。栄えあるエーデルタルトの王侯貴族のすることじゃありません」
聖女呼びを気に入っている良い子ちゃんぶった田舎娘がいつものように良い子ちゃんっぽく批判してきた。
「マリア、あなたはご飯がいらないの? 飢え死にする?」
「いりますー。よく考えたら私は黒王子の側室になるんでしたー。殿下の罪は私の罪、私の罪は殿下の罪です」
お前の罪はいらんなー。
「そうね。だから殿下の放火の罪は私やあなたの罪でもあるの。一緒にその罪を背負って生きましょう」
いや、それは違くないか?
お前が燃やしたんだから。
「それは私が合流する前だから関係ないですね。というか、そのまんま御二人の罪じゃないですか」
「逃亡を手助けしたから一緒よ」
「全然、違いますよ! というか、私は騙されたんです!」
覚えてないなー。
「どうせ、殿下が断頭台に行く時はあなたも一緒でしょうが」
「え? いや、私は修道院に行くか、殿下の子供ができたら実家に戻って、殿下の喪に服しながら子供を育てますよ」
まあ、普通はそうするわな。
というか、一緒に断頭台に来られても困る。
「夫と地獄まで一緒に行こうという思いはないの?」
「あなた方は地獄でしょうよ。私は違うところに行くので嫌です」
マリアは両腕でバツ印を作り、嫌だとアピールする。
「マリア、多分、お前も地獄だと思う」
「そんなわけないじゃないですか。私は品行方正に生きてます。聖女ですよ、聖女?」
こいつ、本当にそのフレーズが好きだなー。
「賄賂まみれなのに?」
というか、自分で言うのはなんだけど、王族や貴族は地獄だと思う。
「…………先に行って、リーシャ様と地獄を征服してください。私はゆっくり行きます…………2号さんなんで」
「どうでもいいけど、縁起が悪いから断頭台の話はやめようぜ」
その前に餓死のピンチだわ。
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