第081話 漂流
マリアの絶叫と共に俺も改めて周囲を見てみる。
右も青、左も青、正面も後ろも青。
ついでにいうと、空も青。
一面の青だ。
「きれいだな……」
「な、な、なんでこんなことになっているんですか!?」
マリアが俺のもとに小走りで近づいてくると、俺の服を掴みながら激しく揺らす。
「お前は知らんだろうが、海の上の船は波や風で常に動いている。停船する時は帆を畳み、錨を下ろさなければならない」
「え? やってないんですか?」
「やってない。完全に忘れていた」
「殿下のせいじゃないですかー!!」
まあ、そうとも言えないこともないような気がしないでもない。
「俺は船乗りじゃないから知らん。さっき、そういえば、そうしないといけなかったなーと気が付いた」
「そりゃ、殿下が船を動かすことはないでしょうが…………」
「そういうことだ。こういう時に犯人探しや罪を問うたりすると、仲間割れが起きるので良くない」
こういう時こそ、一致団結しないといけない。
ましてや、俺達は家族ではないか。
「いや、殿下が…………」
マリアは何かを言いたそうだったが、すぐに口をつぐむ。
「さて、どうする?」
俺は何か言いたそうなマリアを無視し、リーシャを見る。
「そうね。現実逃避の話は済んだし、真面目に考えましょうか」
さっきのマリアの側室の話は現実逃避だった。
だって、俺もリーシャも甲板に出て、そんな話をしている時ではないことくらいはわかっていたし。
「リーシャ、お前は目が良かったな? 何か見えるか?」
「何も。ロイドこそ、遠見の魔法があるでしょ。何か見える?」
「なーんも。さっきイルカが跳ねたくらいだ」
初めて本物を見たし、ちょっと興奮した。
すぐに我に返ったけど。
「…………ここは前向きに考えましょう。少なくとも、アムールの軍の追手からは逃れたし、テールからも脱出できた」
「そうだな。俺達は目的を達し、作戦を成功させた」
「ええ。さすがは私の作戦」
お前の作戦だったか?
「そうだな。お前の作戦の結果、海に漂流だ」
「ジャックの作戦だったわね」
リーシャがすぐに意見を変える。
「殿下ぁー……どうしますー?」
マリアが涙を浮かべながら俺を見上げる。
「あー……デジャブだ。お前の泣き顔がデジャブだ」
「本当ね。海に落ちるのではなくて、漂流だったけどね」
どっちみち、マリアは泣いている。
「デジャブなんかどうでもいいでしょうがー! さりげに私のせいにしないでください! そんなことよりもどうするんですか!?」
マリアが怒った。
「そうね。ロイド、食料はどれくらいある?」
リーシャが真面目な顔で聞いてくる。
「長旅も想定して1週間分はある。節制すれば2、3週間ってところか? あと、水は魔法でどうにかできる」
「その間になんとかしないとね。さて、漂流か、進むか……どっちにする?」
「どういうことです?」
マリアがリーシャに聞く。
「一面が海と言っても一夜しか経っていないわけだからそこまで陸地から離れているわけではないと思うわ。このまま漂流していれば、他の船に遭遇できるかもしれないし、陸地に流れつく可能性もある。ただ、時間はかかるかもしれない。一方で進む場合は運が良ければすぐに陸地に着ける。運が悪ければ陸地をどんどんと離れることになるからジエンド」
「ジエンドは嫌です!」
誰だって嫌だよ。
「まあ、漂流かねー? 食料が尽きて、いよいよヤバくなったら一か八かで動かすか?」
「そんなところだと思う。見張りをしましょう。ロイドとマリアは操舵室。私はここ」
リーシャはそう言うと、甲板の先に立ち、仁王立ちする。
「前から聞きたかったんだけど、お前はなんでいつもそこでかっこつけているんだ?」
「一番前が好きなの。放っておいて」
わからん……
「殿下ー、操舵室に行きましょう。高いところの方が見やすいですし」
マリアが俺の袖を引っ張ってきた。
「そうだな……」
俺はマリアと共に操舵室に行くと、周囲を見渡す。
「海ですね……」
「海だな……」
本当に一面が海で何も見えない。
「一夜でこんなに離れるものなんですか?」
「知らんが、風が強かったんじゃないか?」
よーわからん。
「ちなみに、私の運が悪いせいって思ってません?」
「思ってない。空路と陸路がダメな時点でこうなるしかなかった。それに大丈夫だ。そこまでアムールから離れてるわけではないだろうし、すぐに他の船が見つかる。見つけたら助けを求めよう」
「栄えあるエーデルタルトの王子がついには海賊かー……」
決めつけんな。
多分、そうするだろうけど。
「喜べ、マリア。お前は海賊の2号さんだ」
「リーシャ様と話したんです?」
「ああ、快く頷いてくれて、お前は晴れて正式な2号さんだ」
まあ、そもそも結婚してないけど。
「快く…………笑っちゃいそうです」
マリアはリーシャの不満顔が簡単に想像つくらしい。
「めっちゃ嫌そうな顔をしてた」
「でしょうね。あの人はそういう人です」
うん、わかる。
「お前、刺されるなよ。もしくは毒酒を飲むなよ」
「大丈夫ですよ。私はリーシャ様と争いませんから」
すぐに降伏か……
いや、すでに降伏してたな。
「傘下だったっけ?」
「そうです。私はおまけ。お情けです」
「自分を卑下するなよ」
「あの嫉妬の塊にそう思わせとけばいいって話です。リーシャ様は嫉妬の塊で傲慢で真っ黒な下水令嬢ですが、基本的には優しいですから」
ボロクソに言ってないか?
俺も同意見だけどさ。
「あいつ、王妃になってたらどうなってたかね? 暴走しそうじゃないか?」
俺は甲板の先で仁王立ちしているリーシャを見る。
「本心はともかく、大丈夫ですよ。賢い御方ですし」
「ふーん、そんなもんかねー……」
マリアが言うならそうなんだろう。
「まあ、私がリーシャ様に何かをされる前に船の上で干からびて死にそうですけどね」
「干からびて死ぬのは嫌だわー……まあ、そうならないようにしよう。俺は遠見の魔法を使って、船を探すが、さすがにずっと使っていると魔力が切れるし、交代で見張りをしよう」
「わかりました。リーシャ様は?」
「放っておけ。飽きたらこっちに来るか船室で休むから」
あいつはあそこに立ちたいだけだ。
「了解です。殿下、朝ご飯をください」
「そうだなー……船室にカバンがあるからそこから取ってきて、リーシャにも渡してくれ」
「はーい」
マリアは返事をすると、船室に向かった。
しかし、本当に大丈夫かねー?
心配させたらダメだと思って、あえて言わなかったが、実を言うと、こんな小型船では嵐が来たら一発で終わりという危険があるんだよなー……
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