第075話 作戦会議
「妾達が失敗するとはどういう意味じゃ?」
ヒルダが睨んでくる。
「お前達、奴隷の救出はいつにするつもりだ?」
「明後日じゃ」
そう、奴隷市が開かれる2日後。
「そうだな。俺がそう教えたからだ。でも、明後日に行くと失敗する」
「何故じゃ? 警備の目も市場に向いているから侵入しやすいし、民衆が集まっているから火を放てばパニックになり、奴隷救出後に逃げやすくなる……おぬしがそう言ったとベンから聞いておる」
「ああ、言った」
確かに言った。
「それが何故、失敗する?」
「売られる奴隷が奴隷商の店にはいないからだ」
「…………どういうことじゃ?」
「奴隷市は町の中央の広場で開催される。昼間にセールを行い、夜に目玉のオークションだそうだ。当日の夜に潜入しても奴隷商の所には誰もいないし、お前の妹以外は売られた後だ。そして、妹も中央の広場だから助けることがほぼ無理」
俺がそう言うと、ヒルダが震えだした。
「貴様! 何故、それを教えんかった!?」
ヒルダは立ち上がると、怒鳴ってくる。
「理由がいるか?」
「ああ!」
「お前らは船を持っているのに船を欲していた俺達にそのことを教えなかった、別に船を譲れと言っているわけではない。要はこの国さえ出られればいいのだから一緒に船でこの国を脱して、途中で降ろしてくれればいい。だが、そうしなかった。それはお前達が人族である俺達を信用できないから同じ船に乗せたくなかったからだ。そんな奴らを何故、俺達が助けないといけない? 別に責めているわけではない。だが、お前達がお前達の都合で動くなら俺達も俺達の都合で動く。俺はどんなことをしても妻を守らなければならないからな」
俺がそう言うと、俺達を見下ろしていたヒルダが項垂れながらゆっくりと座った。
「そうか…………そうだな。おぬしらは妾達に情報を提供してたし、ララを買ってきてくれた…………信用しなかった妾達の自業自得か」
「間違ってはいないぞ。俺達は別に手を組んでいるわけでもない。ただ利害が一致しただけだ」
こいつらだって、俺達を利用しようとしていた。
まあ、微妙にそういう風に動くように誘導はした。
「マリアとかいう女には悪いが、妾達は失敗せずに済んだわけか……」
「そうだな。今は奴隷商に乗り込んで仲間を助けるという利害が一致している」
こいつらは同族を助ける。
俺達はマリアを助ける。
「当日はダメ…………では、明日の夜か?」
「それもダメだ。マリアがエーデルタルトの貴族だということが領主の耳に入っている。明日には俺とリーシャのこともばれ、捜索になるだろう。そうなったら夜だろうが、見回りの兵が町を巡回することになる。決行は今夜…………というか、今すぐだ」
「い、今から!? 急すぎる!」
ヒルダが狼狽える。
「今しかない」
「じゃ、じゃが…………」
「お前では話にならん。メルヴィンを呼べ」
あいつなら冷静に話ができるだろう。
「その必要はない」
俺達の後ろから声が聞こえた。
俺が後ろを振り向くと、この集団の代表を名乗っていたメルヴィンが小屋の外で立っていた。
メルヴィンは入口に立っているティーナをどかし、小屋に入ってくる。
「いつからいた?」
俺はリーシャに聞く。
「最初から」
ふーん……まあ、近衛隊って言ってたしな。
メルヴィンは俺達の横を通りすぎると、ヒルダの前で跪いた。
「姫様、ロイド殿の言う通りです。決行は今しかありえません」
「じゃが、準備が……」
「準備はほぼ終えています。それに今やらねば、ロイド殿は自分達だけで動くでしょう。もちろん、その時に救うのはマリア殿だけ。ここは協力すべきです。ロイド殿の協力があれば、我々の弱点である魔法への対策も可能です」
俺はエーデルタルト一の魔術師だからな!
「本当に今か?」
「はい。今が好機であり、今動かなければジュリー様を救えません」
「わ、わかった。作戦はどうする?」
「それをこれからロイド殿と話し合います」
「…………そなたに任せる」
「はっ!」
メルヴィンは頭を下げると、こちらを振り向いた。
「今からでいいな?」
もちろん、話は聞いていたが、確認する。
「ああ。そうなる。だが、どうする? 私達は地図をもらったが、あの町に詳しくない。それに動ける者は20名程度だ」
メルヴィンは地図を取り出し、俺とメルヴィンの間に置く。
「そんなにいらん。ベンとティーナで十分だ」
「少なくないだろうか?」
「逆に大人数もいらん。今やるなら門が閉じているから完全な潜入になる。人が多いと目立つ。俺とリーシャの外套があるから2人にはそれを着てもらって移動する。フードを被っていれば一目では獣人族とは気づかん」
代わりにリーシャが目立つが仕方がない。
「門を閉じられていると言ったな? では、どうやって潜入する?」
「元からお前達に協力するなら門を通るつもりはなかった。門から奴隷商の店は遠すぎる」
俺は地図の門を指差し、大通りをなぞりながら奴隷商の店を差した。
「それは我々も悩んでいたところだ。行きはともかく帰りがきつい」
帰りは50人以上の大所帯になるからな。
「奴隷商の店は町の西の端で店の裏は町を取り囲む壁だ。ここに俺の魔法で穴を空ける」
「あ、穴!? そんなことができるのか!?」
「できる。そこから町に潜入し、奴隷商を強襲して仲間を救おう」
「うーむ…………行きも帰りも最低限か……悪くない」
本当は俺が一人で空を飛んで町に潜入し、奴隷商からマリアを救出するのが一番だが、残念ながら俺はもう空を飛べないのだ。
「お前達はそのまま穴を抜けて、ここまで戻ってこい。それで船に乗って逃げろ」
「一緒の船には乗らんか?」
「今さらだろう。俺達は港に行き、当初の作戦通りに魔導船を奪う。だから仲間を助けた時点で町に仕掛けた着火の魔法で火を放つ。多分、お前らの方に兵が行くが、問題ないか?」
そうなるように仕掛けた。
「大丈夫だ。町から脱出さえできればどうにでもなる」
「騎兵が来るぞ?」
「夜陰に紛れこめば、見つからんし、私達は足が速い。森まで追いつかれることはない」
夜目が利くからか。
当然、人族はたいまつがいる。
追手はこいつらの位置がわからないが、こいつらは追手の位置がわかる。
いくら50人以上でも夜ならこいつらが有利なわけだ。
「そうか。では、そうしよう」
「ああ…………姫様、そういうことです。ベンとティーナに任せましょう」
メルヴィンは俺に背を向けると、ヒルダに報告する。
「う、うむ。じゃが、ベンはともかく、ティーナもか? そなたが行けばよかろう」
「捕まっている大半は女性です。女性が必要です」
「そうか……そうじゃな……ベン、ティーナ、話は聞いたな? そなたらはロイドと共に町へ行け。妾達はいつでも出港できる準備をしておく」
「「はっ!」」
ベンとティーナが返事をした。
「さて、では、行くかね」
俺は作戦が決まったので立ち上がる。
「そうね」
リーシャも立ち上がった。
「こんなことなら最初から自分達で動けば良かったな」
「まあね。でも、仕方がないわよ」
俺とリーシャは入口まで歩くと、ララを見る。
「じゃあな。聞いていた通り、ここでお別れだ」
「元気でやりなさい」
俺とリーシャはララの頭を撫でた。
「はい。ありがとうございました。ロイド様も奥様もご武運を。必ずやマリア様を助けてあげてください」
「そうするわ。ベン、ティーナ、行くぞ」
俺達は小屋を出ると、町に戻るために森を出ることにした。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!