第073話 解放
リーシャは外套と剣を持ち、部屋を出ていった。
「ララ、聞いていた通り、この町を出て、お前の姉のもとに行く。だが、その前に俺はやることがあるからちょっと待ってろ」
「はい…………」
ん?
「どうした?」
「ご主人様達はお強いんですね…………」
強い?
当たり前だろう。
「ララ、自分で自分を弱いと認めるな。本当に弱くなるぞ」
「ですが…………」
「お前は獣人族だ。その気になればその辺の奴らなんか簡単に殺せる。卑屈になるな。心まで奴隷になるな」
「心…………」
「そうだ。だから俺をご主人様と呼ぶな。俺はお前の主人じゃない」
ずっと思っていた。
ご主人様呼びはない。
「ですが、失礼に当たります」
「では、命令しよう。俺をご主人様と呼ぶな」
「…………では、何とお呼びすれば?」
うーん、そこまで考えていなかった。
殿下はないか…………
「俺の名はロイドだ。これからは敬意を込めてロイド様と呼べ」
「…………えーっと、ご主人様呼びと変わらなくない?」
ララが初めて素を出した。
「お前みたいな庶民はそんなもんだ。俺はお前を奴隷とは思っていない。だが、下賎は下賎だ」
「お姉ちゃんが言っていた意味がわかった…………」
お姉ちゃんはもう少し俺に敬意を持つべきだと思う。
ウサギ肉をやったのに。
「ララ、覚えておけ。あの奴隷商は弱いぞ」
「……………………」
「お前が殴ればすぐに泣いて命乞いをする。その程度だ」
ブルーノはただの商人だもん。
俺でも勝てる。
「…………そっか」
「そういうことだから気にするな。じゃあ、ちょっと出てくる」
俺は外套を持つと、ララを部屋に置いて、部屋を出た。
そして、階段を降りると、受付にいるニコラのもとに行く。
「あ、お客さん」
受付に座っているニコラが俺を見上げる。
「ニコラ、俺はちょっと出かけるが、戻ったらチェックアウトだ」
「やっぱり何かありました?」
「あった。ウチのマリアが攫われてな。これから復讐をする」
「…………お客さん達、只者じゃないっぽいですもんね」
まあ、この宿に泊まってる時点でね。
「ニコラ、これはチップだ」
俺はカバンから金貨を5枚ほど取り出して、受付に置く。
「えーっと、私を買うっていう意味? 売ってないよ?」
「チップって言っただろ。お前なんかいらんわ」
「ひどい…………お客さん、美人の奥さんがいるからって調子に乗ってるよ……」
乗ってない。
「ニコラ、今日、明日は外に出るな。あと、兵士に何を聞かれても知らないと答えろ」
「あー……ガチの厄介さんだったかー……まあ、お客様は守るんでご安心を」
さすがは高級宿屋の店員だ。
「それと本当にリリスに行きたいならギルドのブレッドに俺の女って言って頼れ。そうしたら至れり尽くせりだ」
「…………お客さん、本当に何者?」
「エーデルタルトの王子様だ」
「あははー…………私は何も知らない、何も知らない、何も知らない」
ニコラが耳を塞ぐ。
「じゃあな。親父さんに伝えろ。まあまあな料理だったとな」
「喜ぶと思います…………」
俺は耳を塞ぎ続けながらも答えるニコラにもう1枚金貨を渡し、イルカ亭を出た。
そして、町中を歩き回り、色んなところに仕掛けをし、準備を終えると、ララを回収し、南門に向かう。
俺達が南門に着いた頃には日が完全に落ち、辺りは暗くなっていた。
俺は門に着くと、まだ門は開いていたのでそのまま門を抜けようとする。
「ちょっと待て」
俺とララが門を抜けようとすると、門番が止めてきた。
「なんだ? 急いでいるんだが」
「こんな時間に外に出るのか? もうすぐで門は閉じるし、帰れなくなるぞ」
当然だが、夜は門を閉じる。
「それでもいい。ちょっと前に外套を羽織った若い女が町から出なかったか?」
「女?」
門番が首を傾げる。
まあ、女なんかいっぱいいるしな。
「剣を持った金髪の美人だ」
「あー、あれね。怪しいから止めたんだが、急いでリリスに行くって言ってたな」
「それは俺の嫁だ」
「は? 嫁がなんで…………あー……」
門番がララを見て何かを察した。
「そういうことだ。俺もリリスに行く」
「わかった……通れ。さっさと土下座でも何でもしてこい」
「ああ」
俺は嘘八百を通し、門を抜けた。
そして、少し東に向かって歩くと、南に方向を変え、森を目指して歩いていく。
「暗いが、お前は見えているな?」
俺はララに確認する。
夜の平原は月明りくらいしかないため、真っ暗なのだ。
「はい。ロイド様は?」
「俺はそういう薬を飲んでいるから問題ない」
高いが、仕方がない。
「そうですか…………それにしてもロイド様はスラスラと嘘をつけるんですね」
「そりゃ、上流階級の人間だからな。お前のところのキツネと一緒」
「ヒルダ様ですか?」
「名前は聞いてないから知らん。まあ、森に行ったら話してみる」
そういうことになるだろう。
「はい…………」
俺は頷いたララを見つめる。
「何でしょう?」
「もういらんなと思ってな……」
「え?」
「ディスペル」
俺は指をララの首輪に当てると、解除の魔法を使う。
すると、ララの首から首輪が外れ、地面に落ちた。
「あっ……」
ララは足を止め、自分の首をさする。
「行くぞ。奴隷じゃなくなる日が数日早まっただけだ。さっさとついてこい」
俺は足を止めず、後ろで呆然としているララに声をかけた。
「はい…………はい……ありがとうございます!」
ララは涙を浮かべながら小走りで俺を追いかけてきた。
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