第072話 しゃーない
奴隷商の店に行っていたルシルが宿にやってきた。
「座れ」
俺は暗い顔で扉近くに立っているルシルに座るように勧める。
すると、ルシルがテーブルまでやってきて、ゆっくりと座った。
「で? どうだった?」
俺は単刀直入に聞く。
「マリアさんは奴隷商に売られてたわ」
そうか……
「ふぅ……解放は?」
「無理…………」
そうだろうと思ったわ。
じゃなきゃルシルの表情がおかしい。
「なんでだ? 違法だから解放だろう」
「奴隷商と話したわ。どうやら領主様がマリアさんをぜひ買いたいと言っているらしい」
そういうことか……
「エーデルタルトの貴族だということがバレたか……」
「そうみたい…………なんで……」
ルシルが落ち込む。
「マリアは死を選んだんだ。貴族令嬢が奴隷に落ちるなんて屈辱以外の何ものでもない。多分、自害しようとしてバレたんだろう」
そんなことをするのはエーデルタルトの貴族だけ。
「自害って……ナイフで首を掻っ切るってやつでしょ。ナイフなんか取り上げられてるでしょ」
「ナイフがなくても舌を噛み切ればいい」
「…………それでか」
ルシルもわかったらしい。
「私もそう思うわ。私だって同じことをするもの…………奴隷商はそれを見たか聞いたかですぐにわかったんでしょうね。それで領主に売り込んだ。敵国の貴族なんか利用しようと思えばいくらでもできるから」
人質としても使えるしな。
「マリアは領主のところか?」
「いや、まだ奴隷商のところみたい。明後日のオークションに出すんだって」
ん?
オークション?
「領主に売るんじゃないのか?」
「領主様はケチで有名だし、買い叩かれると思ったみたい。それにマリアさんは回復魔法の使い手だし、高値がつくと判断したんでしょう」
「領主が買わなきゃ違法だろ」
「いや、買うのは絶対に領主様。いくらでも出すと思うわ。奴隷商はあくまでも値段を吊り上げるためにオークションに出しただけ」
商人が考えそうなことだな。
「つまりマリアは無事か?」
「多分……処女は値段が上がるし、暴行は受けてないと思う」
「先に買えんか? お前のところの冒険者だろ」
「それも聞いた。先に売ってもいいって返答が来たわ」
優しいことで。
「俺達では買えん値段だろうな。貸してくれ」
「もちろん、私も貸す気だった。普通は貸さないけど、貴族なら利子を付けて返してくれるからね。でも、無理。金貨5000枚だって」
無理だな。
「足元を見るなー……」
アホか。
「それほど敵国の貴族は高いのよ」
「あいつ、貧乏男爵の娘だぞ。国もそんな金は払わん」
「奴隷商やこんな所の貴族にそんなことはわからないわよ」
ダメだこりゃ。
正攻法では無理。
「まあ、わかった。もうお前は帰っていいぞ」
「待って! 何をする気!?」
ルシルが立ち上がる。
「お前の役目は終わった。ここから先はギルドは関わるな」
「そういうわけにはいかないわ!」
「マリアがエーデルタルトの貴族だとバレた時点で俺達もそうだとバレるのは時間の問題だ。これ以上はお前も捕まるぞ」
目撃情報を探ればすぐにわかることだ。
「…………そうね」
「ルシル、世話になった。礼に良いことを教えてやろう。今日明日は外に出るな」
「…………そうするわ」
「それと1つ教えてくれ。昨日の冒険者共はどこにいる?」
「…………さっき町を出たそうよ。リリスに行くんだって」
ふーん。
ルシルもちゃんと調べてくれたか。
「そうか。挨拶くらいしていけばいいのにな。もういいぞ。帰れ」
「…………ええ」
ルシルは返事をすると、何も言わずに立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。
俺はルシルと見送ると、椅子から立ち上がり、ベッドまで行く。
そして、ベッドに腰かける。
「ハァ……」
「ルシルが裏切る可能性は?」
俺がため息をつくと、リーシャが聞いてくる。
「ないな。あれはジャックかブレッドに何か言われてる」
じゃなきゃ、ここまでしない。
「まあ、そうかもね…………どうする?」
「決まってる。マリアを助ける」
「そう…………」
リーシャはそうつぶやくと、椅子から立ち上がり、ベッドに座っている俺の前に来る。
そして、その場に跪いた。
「殿下、マリアを捨てることを検討してください」
「マリアを捨てる?」
「はい。マリアは貴族です。貴族は王族に仕える臣下です。貴族が王族を守ることがあってもその逆はないです。ましてや、マリアは男爵令嬢。そこまでの価値はありません」
男爵令嬢なんかに価値はない、か。
「それで?」
「マリアもまた、助けを望んでいないでしょう。足手まといになるくらいなら死を選びます」
「このままだとあいつは死より恐ろしいことが待っているぞ。人質としての価値がないとわかれば、領主のおもちゃだ」
「そうなる前にマリアは自害します」
まあ、そうするだろうな。
奴隷の首輪をつけたところで首が締まるのなら死ぬには好都合だ。
「俺に臣下を見捨てろと?」
「はい。御身が第一です」
「マリアはお前の友人だろ?」
「関係ありません。わたくしは殿下のためなら友人だろうが親だろうが兄弟姉妹だろうが捨てます」
貴族らしい。
実に貴族らしい。
「ないな。マリアは助ける」
マリアを見捨てることはできない。
それをしたら俺は本当に終わる。
「…………かしこまりました」
「おや? 反対はせんのか?」
「殿下が決めたことならば従います。わたくしはあの日、殿下にすべてを捧げました。苦言は呈します。不満も言います。要求もします。そして、わたくしを裏切れば殺します。ですが、あなたの決定に従います。あなたが地獄に行くのならば共に参ります」
だからお前の人生を寄こせ。
自分を愛せ。
自分を一番にしろ。
リーシャはそう言っている。
「まあ、地獄なんかには行かないがな。計画にひと手間加わるだけだ」
「いかがなさいます?」
「仕方がないから獣人族の手伝いに本腰を入れるだけだ」
「かしこまりました」
俺はリーシャの言葉を聞くと、ベッドから立ち上がる。
「さて、その前にやることがあるな」
「わたくしがやります。マリアはわたくしの派閥の者。わたくしの友人です」
「そうか…………本来ならお前にやらせることではないし、俺が八つ裂きにしてやるところだが、俺は町を出る前に仕掛けをする必要があるからお前に任せる。絶対に逃がすな! 殺せ! 栄光と高潔のエーデルタルトに逆らう者はどうなるかを教えてやれ!」
「お任せを」
俺は跪いているリーシャの頭を撫でると、あごを持ち、顔を上げさせる。
「お前は本当に美人だな」
「知ってます」
「本来ならお前が剣を持つことはない」
「そうですね。殿下の子を産み、育てることがわたくしの仕事でしょう」
貴族はそうだ。
貴族じゃなくても大抵はそうだ。
「後悔してるか?」
「してません。冒険の旅は楽しいです」
「確かに楽しいな。ジャックの冒険記とはずいぶんと違うがな」
「それでも楽しいです。わたくしは剣を振ることが好きです。人……モンスターを斬ることが好きです。新しいものを見るのも好きです」
貴族令嬢っぽくないなー……
「マリアは?」
「好きです。大切な友人ですから」
「というか、お前、マリア以外に友人がいないだろ」
「…………殿下に言われたくないです」
俺はほら、王族だし…………
ね?
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