第053話 逃亡奴隷
妙なところでティーナと再会した。
「お前、こんなところで何してんの? さっさとこの地方から離れろよ」
俺は起き上がったティーナに呆れながら言う。
「まだ仲間が捕まっている。それを助けたい」
ふーん、無理だと思うなー。
「助けるねー……好きにすればいいけど、そうなると、こっちの男はお仲間か?」
俺はいまだに痺れている男を見下ろす。
「そうね。私と同じように逃げてきた同族のベンだ」
「ベン、よろしく」
俺は絶対に返事はないだろうなと思いつつも、挨拶をする。
「いや、ベンの痺れも治してちょうだい」
「まだダメ。こいつは絶対に襲ってくるしなー。逃げてきたって言ってたけど、もしかして、他にいるのか?」
「いる。私はあの後、リリスに行こうと思ったんだけど、途中で声をかけられてね。それでここに合流したのよ。あなた達は何故こんな森に? あなた達、貴族でしょ」
まあ、貴族っていうのはわかるわな。
「仕事。タイガーキャット狩りとこの森の調査」
「タイガーキャットはわかるけど、森の調査? なんで?」
「人の目撃情報があったんだとさ。盗賊かもしれないし、念のために調査しろって仕事。まあ、お前らのことだわな」
他にいないだろ。
「誰かに見られてたってことか…………それで? あなた達はギルドに報告するの?」
「それの確認のために接触した。俺達にとってはお前ら獣人族のこともアムールの町のこともどうでもいい。やっすい依頼料だし、知り合いを売るのもどうかと思ったんでどうしようかなーっと」
「そう…………黙ってもらえるとありがたいけど、他の調査隊が来る可能性は?」
「俺らが問題なしって報告したら当分はないんじゃないか? ギルドも被害が出てないし、見間違えか何かだと思っているだろう」
というか、リリスの失態の補填のために無理やり作った依頼だろうな。
直接、金は渡せないが、タイガーキャットのついでって感じだし。
「じゃあ、問題なしと報告してちょうだい…………でも、それはそれで大丈夫? もし、この後に何かがあったらあなた達の不備になるんじゃ?」
何かをする気なのね。
「どうでもいいわ。ここは俺達にとったら敵国だぞ。それに金貨5枚程度の依頼でそこまでは求められていない。森に行き、ちょっと見たけど、何もなかっただけだ。Eランクにそれ以上を求められても困る」
こいつらが巧妙に隠れていただけで俺達の不備ではない。
「エーデルタルトの貴族だったわね…………そうか、テールとは敵対関係か…………いや、なんでそんな貴族が敵国にいるの?」
「海よりも深い理由があるの。だから俺達はさっさとこの国を出る。お前らは仲間の救出でもなんでも好きにしろよ。むしろ、俺の希望はあの町を滅ぼして、テールに大ダメージを与えてくれることだな」
「そこまではしないけど…………」
しろよ。
自分達を奴隷にした奴らに復讐しろ。
「ロイドさん、この人がそろそろ動きそうですよー」
マリアがベンとかいう男を見下ろしながら教えてくれる。
「ティーナ、そいつに何もするなって言え。じゃないと、リーシャが首を刎ねるぞ」
リーシャはずっと剣の柄を握っている。
いつでも斬れる体勢だ。
「わかった…………ベン、この人達は大丈夫よ。昨日言ったエーデルタルトの貴族達だから問題ない」
ティーナは腰を下ろすと、倒れているベンに言う。
「肉をごちそうしたし、罠まであげたことも言え」
「恩着せがましい奴ね。昨日言ったよ…………あ、あの罠すごいわね。簡単に新鮮な肉が手に入る」
そうだろう、そうだろう。
やはり俺の魔法は一味違うのだ。
「魔法陣には触れるなよ、ドジ女」
「…………うるさいな。あ、ベン、大丈夫?」
ベンが上半身を起こすと、ティーナが心配そうに声をかけた。
しかし、こいつもパライズが解けるのが早いわ。
獣人族は本当にすごいと思う。
「お前が言うように最悪な気分だ」
ベンが頭を横に振る。
「他にも呼吸できなくなる魔法や毒魔法もあったんだぞ。その中からこれを選んだ俺に感謝しろ」
「チッ! 人族の黒魔術師か……」
黒魔術師って言うな。
「ベン、何もしないでよ。黒魔術師より、そこの女がマズい」
「わかってる」
獣人族にも恐れられる絶世のリーシャさん。
「お前ら、これからどうするんだ? 本当に救出すんの?」
俺は立ち上がったベンに聞く。
「する。同胞を見捨てておけん」
立派だねー。
「ねえ、あなた達はアムールの町に行ったんでしょ? どんな感じだった?」
ティーナが探りを入れてくる。
「魚の町だったな」
「いや、まあ、確かに魚臭かったけど、そういうことではなく…………」
そりゃそうだ。
「わかってるよ。あの町を落とすのには1000から2000の兵がいるな」
「町を落とす気はないわ。単純に仲間の救出」
「どこまで救う気だ? 売られる前の奴隷か、売られた後の奴隷も含めるのかで難易度が変わってくるぞ」
売られる前の奴隷を救うならば奴隷商人の店に行けばいい。
だが、売られた後の奴隷を含めると、まずどこにいるかを調べないといけない。
「売られる前」
「ふーん、だったら町に潜入さえすれば少数でも行けるかもな。頑張れとしか言えん」
「町の詳細を教えて欲しい」
めんどいな…………
いや、待てよ。
こいつらを囮にすればいいのか。
「ふむふむ……人種差別や不当な扱いをされている人を見逃せんな。いいだろう。紙に町の地図を描いてやろうではないか」
「…………急に良いことを言い出した。私達のことなんか微塵も興味がないくせに」
いやいや、何を言う?
「町でお前らの仲間を見たが、鎖に繋がれ、完全にペット扱いだった。ああいうのは良くない。さすがはテール。野蛮の国だわ。俺はこういうのが許せないんだ」
「野蛮? 一番野蛮なのはあなた達エーデルタルトでしょ」
風評被害だ。
「俺達は奴隷をあんな風に扱わない」
「殺すもんね」
殺すのは隣にいる絶世さんやエセ聖女。
「俺は殺さん。町の地図を描いてやるから紙を寄こせ。あと、情報をとことん流してやるぞ。奴隷市が4日後に開かれるから襲撃はその時が良いと思う。警備の目も市場に向いているから侵入しやすいし、民衆が集まっているから火を放てばパニックになり、奴隷救出後に逃げやすくなる」
その隙に俺達は楽に船を奪い、この国からおさらばだ。
「ちょっと待って! 情報量が多い! あー、どうしよ?」
ティーナは頭の容量が超えたらしく、ベンに相談する。
「…………俺の一存ではな……こいつらを基地に連れていくか?」
「基地……」
ティーナが俺達を見てくる。
「お茶はいらんぞ」
「そうね。あなた達にそんなものは期待しないわ」
どうせ何もないだろ。
「……傲慢とイカレ女で有名なエーデルタルトの貴族よ?」
「……今は情報が欲しいんだから仕方がないだろ。俺達は町に入れんし、可能性を少しでも上げるべきだ。こいつらの言うことが本当なら時間があと4日しかない」
「仕方がないか…………ねえ、ちょっと話を聞かせてくれない?」
ベンとの話し合いを終えたティーナが笑顔で聞いてくる。
どうでもいいが、誰が傲慢で誰がイカレ女だ?
「ふん。まあ、よかろう。暇ではないが、奴隷共の基地とやらを見てやろうではないか」
「わたくしが行くような所ではないですが、仕方がないですね……案内しなさい、下郎共」
「小っちゃいですー……だからウチの貴族の評判が悪いんですよー」
首を刎ねられないだけありがたいと思え。
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