第051話 下水さん……
俺達はその後も森に向かって歩いていくが、何匹かのタイガーキャットと遭遇していた。
その度にタイガーキャットを倒し、魔石を回収する。
基本的にはリーシャが前に出て、俺が魔法で援護をするという形である。
リーシャは強いし、俺の援護もあるので危なげはない。
今もリーシャがタイガーキャットを倒したところだ。
「ちょっと多いわね……」
リーシャがいつもの決めゼリフを言わずにめんどくさそうな顔をする。
「やはり多いか? 俺もそう思っていたが、お前達がリリスでオークを狩ってた時と比べてもか?」
確かあの時もリーシャは午前中だけでかなりの数のオークを狩っていたはずだ。
「多いわ。リリスの時は一緒に行ったギルドの人が多いところを案内してくれたから効率良く狩れただけ。今回はそうじゃないし、町から近いのにこんなに多いのはちょっと変ね」
「猫だし、魚が好きなのかね?」
あの町、魚が豊富だし、狙ってるのかも。
「猫ってねずみが好きなイメージで魚が好きなイメージはないわね」
そうか?
俺は魚を食べてるイメージ。
「うーん、まあいいか……」
金にはなるわけだし。
俺はさっさと次に行こうと思い、倒れているタイガーキャットを解体すると、魔石を取り出す。
そして、魔石を回収すると、森に向かって再び歩き出した。
俺達がその後もタイガーキャットを狩りながら進んでいくと、森が見えてくる。
森はルシルが言うようにそこまで深い森には見えず、パニャの大森林に比べると、本当に規模が小さい。
「あれくらいの森なら安心ですー」
マリアが森を見て、ホッとしている。
「マリア、森は見通しが悪いから俺から離れるなよ」
「はーい」
マリアは返事をすると、素直に俺のそばに来る。
すると、リーシャがこちらというか、マリアをじーっと見始めた。
「こういうのが人の男を取るのよね」
嫉妬の塊が何か言ってる。
「そ、そんなことはないですよー……」
リーシャに睨まれたマリアが焦って答える。
「あなたが好きな恋愛ものってそうじゃない? それに男っていうのは結局、あなたみたいな従順で素直な子を求めるわ」
そう思うならお前が従順で素直になれ……って思ったが、そんなリーシャは嫌だな。
付き合いが長い分、もはや別人としか思えない。
「私が読むのはもっとドロドロしてますー」
「どんな感じ?」
「私が殿下にこっそりリーシャ様のあることないことを言って仲違いさせます。それに怒ったリーシャ様が私を殺します」
それ、恋愛ものなんだろうか?
「……ねえ? それ、面白い?」
リーシャも俺と同じことを思ったようだ。
「面白いですよ。それで殿下が女性不信になって男に走るんです」
「あー、恋愛ものじゃなくて、そっちね」
どうでもいいが、登場人物に俺達を当てはめるのをやめてくれない?
俺、男に走っちゃったよ……
「俺が王になったらそういう書物を焚書するわ」
「イアン様ばんざーい」
裏切るのが早い忠臣だわ。
「焚書しないから行くぞ」
「殿下、ばんざーい」
「イアン様も殿下だけどね」
俺達はしょうもない会話をしながら歩いていき、森の前までやってきた。
「さて、森の調査か……」
俺は目の前の森を見ながらつぶやく。
「調査って、具体的に何をやるのかしら? 適当に歩いて、何かあるか探す感じ?」
「それでいいんじゃないか? ルシルだって、俺達が貴族なことを知っていて依頼したわけだし、たいして期待してないだろ」
念のためって感じだ。
「森にも猫さんがいますかねー?」
マリアが聞いてくる。
「というか、この森が本来の生息地だろ」
猫も虎も狩人だから主戦場は森だと思う。
「奇襲が怖いわね。木の上から飛び降りて襲ってきたら危ない」
確かに……
「上は俺が警戒するからお前は周囲を頼む」
「わかったわ」
「あと、気配を消す魔法をかけておこう」
俺は自分と2人に気配を希薄にする魔法をかける。
「前から思ってたんですけど、この魔法ってどのくらい気配を消せるんです?」
「最初から認識してなかったらよほど近くまで来ないと気づかれないレベル」
「匂いとかもです? 虎とか猫って嗅覚が優れているイメージがあります」
「その辺も含めて消せるぞ」
そうじゃないと、見張りを立てずに野宿できない。
「なんか隠密とか使えそうですね」
「元からそういう魔法だ。ジャックがこれを使えたから密偵だと思ったんだ」
ジャックは純粋な魔法使いではないにもかかわらず、この魔法を使えた。
この魔法はかなり高度な魔法であり、誰でも使えるわけではない。
それを魔法使いでもないジャックが使えた時点で怪しいと思っていた。
「対抗手段はあるんですか?」
「消せるのはあくまでも気配だけ。ジャックが俺達を見破ったように魔力を察知されたらバレる」
といっても、たいして魔力を使わないこの魔法がバレることなんてない。
ジャックがすごいだけだ。
その辺がAランクなんだろう。
「殿下もわかるんです?」
「わかるとは思う。ただ、これを使える奴に会った経験がほぼないからどうかな…………俺達に足らないのはその辺の経験だろう」
エーデルタルトにも魔術師はいるが、そこまで多いわけではないし、実力者がいるわけでもない。
ましてや俺は王子だし、あまり他の魔術師に会う機会がない。
「ちなみに、今は感じます?」
「感じない。少なくとも森で使っている奴はいないな」
「ほー……ちゃんとわかるんですねー。魔術師ってすごいです」
マリアは純粋に褒めてくれるから好きだわ。
エーデルタルトの人間は魔法を軽視するし、リーシャに至ってはまったく興味なしって感じ。
「ねえ、前から思ってたけど、マリアも魔術師じゃないの? 回復魔法を使ってるじゃないの」
魔法にまったく興味のないリーシャが珍しく聞いてくる。
「お前からしたら似たようなもんだろうが、全然違う。魔力を使うのは一緒だが、俺が使う魔法とマリアが使う回復魔法は別物だ」
「ですですー」
マリアもうんうんと頷いている。
多分、魔術師と一緒にされたくないからだろう。
「魔力を使うなら一緒じゃないの」
「回復魔法は厳密には魔法ではない。神の加護で神術だ。神術の特徴が回復ばっかりだから回復魔法って呼ばれている」
「ふーん、ロイドもできるの?」
「できない。神術は神の加護だから魔術を覚えた時点で使えなくなる。逆に言うと、マリアはもう魔術を覚えることができない」
どっちかしか覚えられない。
回復魔法か攻撃魔法か…………男が選ぶのは決まっている……と思う。
「ロイドも回復魔法だったら陛下も認めてくれたんじゃない?」
「絶対にない。あの陛下のことだから男のくせにとかどうのこうの言うに決まってる」
「あー……まあ、そうかも……じゃあ、どっちみち無理ね。あなた、剣の才能ゼロだもの」
ゼロということはない…………
お前から見たらそう思うだけ……
多分……
「殿下はお強いですよ!」
マリアは良い子だなー……
これが下水と聖女の差だよ。
「…………やっぱり潰そうかしら」
これが下水と聖女の差だよ。
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