第289話 黒幕
「ねえ? 何これ?」
リーシャは剣を鞘に納めると、狼男を見下ろしながら聞いてくる。
首を刎ねられた狼男は灰に変わってしまったのだ。
「父上は魔法に食われてしまったんだ。もはや生きていない。ただの亡霊みたいなものだったんだ」
「ここまでする? たかが魔法じゃないの」
そう、たかが魔法である。
だが、のめり込んだら抜け出すのが難しいのも魔法なのだ。
「そういうもんだ。さて、まずはイアンと会わんといかんな」
それからスミュールや宰相を始めとする重臣共だ。
「旦那様、少々、お待ちを…………何か変です」
シルヴィが神妙な顔をして、止めてくる。
俺はシルヴィのその言葉を聞いて、あることに気が付いた。
父上が死んだのにこの謁見の間に漂う嫌な魔力が消えていないのだ。
「どういう……」
俺はシルヴィに聞きかけて途中で言葉を止めた。
何故なら、背後からコツコツという足音が聞こえてきたからだ。
「旦那様、どうやら私達は思い違いをしていたようです」
「そのようだな」
俺とシルヴィは先程までの魔力よりも濃い魔力を感じ、後ろを振り向く。
そこには真っ黒なドレスを着た女が立っていた。
「ダメ……でしたか」
女が悲しそうな顔でつぶやく。
「えっと……誰?」
ティーナが聞いてくる。
「控えなさい。誰に口を聞いているのです?」
女は責めるようにティーナに言うが、ティーナはそれがわからないから聞いているんだがな……
「お前こそ、誰に断ってここにいる?」
俺は逆に女を責めた。
「お前? 相変わらず、口が悪いですね。仮にも王妃に向かって、なんという言葉遣いでしょう」
女はイアンの母親である王妃だった。
王妃は悲しげな顔をしているが、歳の割には若く、美しい。
だが、王妃から感じる魔力はどす黒く、汚れている。
「そうか? この状況で敬意を払えというのもおかしいだろう」
「それもそうですね…………」
王妃は再び、悲しい顔をする。
「父上をこうしたのはお前か?」
「そうですね…………」
王妃はあっさりと認めた。
「一応、弁明を聞こう。動機は?」
「イアンを王にしたかった。そのためにはあなたが邪魔だった」
「父を操ったか……黒魔術で」
「そうなります」
俺達は父上が黒魔術に傾倒し、おかしくなったと思っていた。
だが、本当の黒幕はこいつ。
俺を廃嫡にしようとした理由もこれで納得できる。
イアンを王にするためだ。
「一つ聞きたい。テールに攻め込もうとした理由は?」
「本気で攻め入るつもりはないです。すぐに退却させるつもりでした」
「それでテールが黙っていると思うか?」
「南部の前線の軍は強いです。テールごとき、何も問題ないでしょう」
貴族だ。
典型的な愛国心に溢れ、エーデルタルトの勝利を疑わない貴族だ。
確かにその状況でもエーデルタルトが勝つだろう。
だが、それでいったいどれほどの被害が出ると思っているんだ。
「理由は敵対派閥のあぶりだしか?」
「そうですね」
イアン派閥の南部貴族が南征をすれば、俺の派閥が動く。
王妃はそれを見極めたかったんだ。
将来、イアンに忠誠を誓わないと思われる者をあぶりだし、後で粛清する。
批判は大きいが、その批判を受けるのは王妃に操られた父上であって、イアンではない。
「それをすればエーデルタルトは衰退する。そうまでして、イアンを王にしたいか?」
「もちろんです。私はあの子が不憫でなりませんでした。確かに私は元々側室です。ですが、今は王妃。その王妃の子であるイアンが王になれないなんておかしい」
何を言ってるんだ?
「俺に決まっているだろう」
バカか?
「そうですね。あなたが次の王です。私だってそんなことはわかっているし、あなた以外にはいない思っています。それでも我が子のことを考えてしまうのです。もし、あなたとイアンの年齢が離れていたらそうは思わなかったでしょうが、たった一つ違いです。そして、私が産むか、あの女が産んだかの差です。たったそれだけの差で何故、こうも差が開くのでしょうか」
根底にあるのは正室だった母上への嫉妬だな。
「それが王族だ。そして、それは貴族も一緒だろう」
「はい。その通りです。ですが、それでも諦めきれません。諦め切れなかったのです」
王妃が涙を流し、過去形の言葉を使った。
「イアンは何と?」
「今朝、私のもとに来ました。そして、こう言いました。『いつもの兄上のわがままのせいで王位を押しつけられたよ。めんどくせ』です……」
確かに説明しとけとは言ったが、言葉を選べよ……
「そうだな。次の王はイアンだ」
「ええ…………私はその時、ようやく自分の思い違いと誤りに気付きました。イアンは王位を望んでいなかった」
「最初から可能性がなかったそうだぞ。子供の頃から父上にそう言われていたらしい」
まあ、ウォルターのこともあるし、長男である俺が王になるのが普通だからな。
「私もそれを聞きました…………その時、私はイアンを殺そうと思いました」
「は?」
ティーナが呆けた声を出す。
「旦那様……」
シルヴィが俺のもとに来た。
「わかっている」
狂ってしまったのは父上でなく、こいつだ。
人を操るという高度な魔法をこいつみたいな魔力のかけらも持っていない奴が使えるはずがない。
こいつはすでに黒魔術に侵され、おかしくなってしまっているのだ。
「私は……ダメですか? おかしいですか?」
俺達のやりとりを見て、何かを察した王妃が涙を流しながら聞いてくる。
「高潔をかかげるエーデルタルトの貴族よ。はっきり言おう…………狂っている」
「ああ……やはり…………今朝、イアンの話を聞いて……イアンを殺そうとして気付きました。私は何をしているのだろう、と」
それまで自分がおかしいことに気付いていなかった。
典型的な黒魔術に傾倒した者に出る症状だ。
「王妃よ。はっきり言う。お前はすでに手遅れだ。素人が魔法に手を出せばこうなる」
「…………最初は半信半疑でした。ですが、確かに何の才能もない私にも魔法が使えたのです」
教国の強硬派が最初に近づいたのは父上でなく、王妃か……
「魔法はそんなに簡単なものではない」
「そのようですね…………わ、私は夫を……陛下を……?」
ダメだ。
もはや助からん。
魔力が暴走していて、制御できていない。
「お前もだが、父上も魔法の才はない。それなのに黒魔術を使い続ければ、死ぬ」
「へ、陛下は?」
「死んだ」
「ふふふ、そうですか……死にましたか……それを聞けて良かった」
王妃が怪しく笑う。
「良かったな」
「ええ。本当に…………ロイド……わ、私がやったんですか?」
それすらもわからないらしい。
さっきまではわかっていただろうに……
「いや、違う」
俺はあえて、否定した。
「そうですか………ふふ、ふふふ」
王妃は笑うと、ナイフを取り出す。
すると、ティーナが剣を抜いた。
「ティーナ、下がれ」
「え? でも……」
「いいから」
俺がティーナを睨むと、ティーナは大人しく下がっていく。
「陛下、愛しています。私の愛は不変であり、永遠である。たとえ、この身が朽ちようとも私の愛は永遠である…………私は! 私は……なんということを……!」
王妃はかつて口にしただろう誓いの言葉を言うと、何かを思いだしたかのように絶望した顔になった。
「申し訳ございません、陛下…………私の愛はここまでです。私は一人で地獄に参ります」
王妃はそう言うと、ナイフをためらうことなく自分の首に当て、引く。
直後、王妃の首から血が噴き出すと、辺りを染め、王妃はその場に倒れた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
本作のコミカライズ第2巻が本日、発売となりました。
ぜひとも読んで頂ければと思います(↓にリンク)
また、同レーベルから私の別作品である『35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい』のコミック1巻も発売となります。(↓にリンク)
こちらも面白いので読んで頂ければと思います。(もっと↓に1話のリンクあり)
よろしくお願いします!




