第284話 兄弟
イアンがめちゃくちゃ引いている。
「兄上、それはマズいですよ」
「すまん。俺はお前も父上も死んだ母上の誕生日も知らん」
「…………それは人としてどうでしょうか?」
そんなに大事かねー?
「まあ、この話はいい。それよりも、お前はえーっと、クリスティンだっけ? そいつが良いか?」
「……まあ、できたら」
「ならば、その女でいい。カークランドから今後の王位については聞いているな?」
「ええ。私が王になり、次が兄上とリーシャの子…………兄上、本当にそれで良いのですか?」
イアンが聞いてくる。
「何が?」
「王位のことです。兄上が継いだら南部貴族も非難はするでしょうが、行動には移しません」
「お前が止めるからか?」
「はい。国のことを考えればそうするべきです。貴族共は自分達の領地や地位が大事でしょうが、我らは国家全体のことを考えねばなりません」
立派だねー。
「そこまで考えられるのならば、お前でよい。せいぜい苦労しろ」
「兄上は?」
「何かあったら助けてやる」
何もなかったら助けない。
「楽な道を選びましたね?」
「本来はお前が進む道だったな。でも、こうなってしまったら仕方がない。お前が手を抜かなかったせいだ」
お前が悪い。
せめて、もうちょっと苦戦しろよ。
「どっちみち、廃嫡だったとおっしゃっていたではないですか」
「イアン、俺はお前のことをどうでもいいと思っていたが、今は恨んでいる。弟に負けた兄の気持ちがわかるか?」
「心の狭い兄の気持ちなどわかりません」
狭くはない。
誰だって、そう思うだろう。
「とにかく、お前が王だ。クリスティンとやらと結婚しても構わん」
「私とクリスティンの子が王太子にならないからですね?」
「そういうことだ。クリスティンが王妃に足る人物かは知らんが、頑張れとしか言えん」
「それこそリーシャの方が…………いや、あれはないか」
ないない。
あいつは絶対に政治に口出す。
最悪は王位を簒奪しそうだし。
「リーシャは責任を持って黙らせる。だからお前が王だ。この話はカークランドはもちろん、スミュールもイーストンも納得済みだ」
「ウォルターは?」
「もちろん、それも了承を得ている」
「…………わかりました。私が王位に就きましょう」
イアンが渋々っぽいが、了承した。
「お前が了承してくれたのは助かった」
正直、一番面倒な思いをするのはイアンだ。
しかも、子供は跡を継げないから報われない。
「するしかないでしょう。私に話す前に周りを固めてるしさー」
イアンが頬杖をつきながら不満を漏らす。
「それは色々あったせいだな。お前が王都にいるのが悪い」
遠いんだよ。
「兄上さー、その何でもかんでも他人のせいするのをやめた方がいいよ」
「うるさい。お前はそういうことをするなよ。王様になるんだから」
「陛下って呼べよ」
絶対に呼ばない。
「はいはい。あと、俺の地位だけど、副王でいいか?」
「なんでもいいよ。どうせ何もしないんでしょ?」
「少しはする。ウォルターが出てきたら対処してやる」
そこはさすがに俺の役目だろう。
「あとは遊んでいるわけだ。気楽なもんだねー。本来は私がその役目だったというのに」
そう思うと、腹立つな、こいつ。
「頑張れ」
「まあ、やるさ。それが王族の役目。自分の人生を選べるとは思っていない。まさか、その選択をよりにもよって兄上に選ばれるとは思っていなかったけどね」
そう言われると、可哀想だな。
「いっぱい側室を取っていいぞ」
「いらないよ。自分の親達を見て育って、欲しいとは思えない」
わかる、わかる。
ギスギスしすぎ。
「俺もそう思ったわ。リーシャだけでいいと思ってた。あいつ以上の女はおらんからな」
「まあね。さすがは絶世だと思ったもんだよ。中身は腐りきってるけど」
うんうん。
「そうだな」
まったくもって同意する。
「でも、マリアを側室に迎えるんだね?」
「ああ。実はもう式は挙げた」
「早いねー……まあいいや。さて、兄上、決めないといけないことがあります」
イアンが敬語に戻った。
「なんだ?」
「兄上とリーシャの子が私の次なのはわかりました。それで私はいつその子に王位を譲渡すればいいんですか?」
それもそうだな……
「成人してすぐは厳しいか?」
「兄上が自分の子に今の私のような苦労をかけたいと思うならそのようにしてください」
無理か……
「むろん状況にもよるが、当分はお前がやり、お前が問題ないと思ったら代われ。それまでは頑張ってくれ。甥っ子だぞ」
「ハァ……当分は王位か……」
そんなに嫌かねー?
「一緒に頑張ろうぜ」
「そうですね。兄弟で力を合わせ、この偉大なるエーデルタルトを発展させる。でも、兄は女と趣味に生きる。実に素晴らしい」
すげー嫌味を言ってくるし……
こいつ、こんな奴だったのか……
「お前、コンラートを知ってるか? ジャスの王子」
「話を逸らすところも変わってないね……コンラート? そりゃ知ってるよ。同級生だもん」
「旅してる時にあいつに会ったが、隣国の姫様と情事を楽しんでいたぞ」
俺は話を逸らすためにコンラートを売ることにした。
「あー……そうなんだ。でも、まったく意外に思わないね。あいつ、すごい女好きだし」
やっぱりそんな奴だったか……
「それで結局、結婚することになってた」
「馬鹿な奴……」
ホントだわな。
「このネタと昔からの友情で同盟を結べ」
「それはいいね。同時にエイミルとも組める。これでテール包囲網を作れる」
「俺のおかげな」
それを忘れるな。
「確信して言うけど、それだけで10年は働かない気だね」
「ちゃんとやるよ」
「期待しないで待ってるよ。さて、兄上、仲の良い兄弟の語らいはここまでにしましょう」
こいつとこんな会話をしたのは初めてだ。
「そうだな。イアン、俺は父上を討つ」
「お願いします。思うことがないと言えば、嘘になりますが、国家のためなら仕方がありません」
イアンが目を閉じて、首を横に振る。
「シルヴィ、酒を出せ」
俺が命じると、シルヴィがワインとグラスを取り出し、テーブルに置く。
俺はワインを手に取ると、グラスに注ぎ、一つのグラスをイアンに渡した。
すると、グラスを受け取ったイアンがグラスを掲げる。
「民のために」
「偉大なるエーデルタルトのために」
「「敵はすべて討つ!」」
俺達はワインを一気に飲み干す。
「後のことは俺に任せろ。親殺しの名は王に相応しくない」
俺はそう言いながら立ち上がった。
「国家のためなら親子の情など不要! もはや、あれは王にあらず! 私こそがこの偉大なるエーデルタルトの王だ! 国家に仇なす逆賊を討て!」
新たなるエーデルタルト王が命じてくる。
「そうだな……任せろ。あと、お前は自分の母親に説明しておけ」
「それが一番の大仕事なんだよなー……絶対に納得しない」
俺もそう思う。
「それは絶対にお前の仕事だ」
「わかってるよ……」
イアンがものすごく面倒くさそうな顔をした……
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