第272話 カークランド侯爵
俺が文句を言うと、シルヴィはゆっくりと音を立てずに窓を開け、カーテンの隙間から部屋を覗いた。
そして、部屋の中を確認すると、流れるような動きで侵入する。
シルヴィが部屋に入ったことで俺も部屋の様子が見えた。
部屋はデスクとソファーが置いてあり、壁一面が本棚となっている。
そして、部屋の主の男は俺達に背を向けて、本棚にある本を読み込んでいた。
男は背を向けているが、誰なのかは一目でわかる。
男は背が高く、分厚い身体をしており、背を向けていても屈強な戦士なことがわかるからだ。
一度見たら忘れない。
カークランド侯爵だ。
「チッ! どいつもこいつも……」
カークランドが本を読みながら独り言をつぶやく。
シルヴィはそんなカークランドに気付かれないようにソファーまで歩いていった。
『旦那様、そーっと出てきて、ソファーに座ってください。一応、気配を消す魔法をかけていますが、カークランドは猛者です。慎重にお願いします』
シルヴィが楽しそうな声色で言ってくる。
「サプライズか?」
『そうです。出鼻をくじきましょう』
こいつ、本当にそういうのが好きだな……
俺は呆れはしたものの、ちょっと楽しそうなのでそーっと影から出る。
そして、ソファーに座ると、背もたれに背中を預け、足を組んだ。
シルヴィはそんな俺の後ろに立って、姿勢を正す。
これでサプライズの準備は完了だ。
「ハァ……さて、どうするか……」
カークランドはため息をつくと、本を本棚にしまった。
「――ッ!」
本をしまったカークランドは振り向くと、俺達と目が合い、驚いてビクッとする。
だが、すぐに姿勢を正すと、声も出さずに眉をひそめ、じーっと俺を見てきた。
「よー、カークランド。久しぶりだな。元気だったか?」
俺は陽気に声をかける。
「殿下……こんな夜更けに勝手に人の部屋に入るのは感心しませんな。いくら殿下でもイタズラがすぎます」
さすがはカークランド。
騒ぎもしなければ、驚きを表情に出すこともない。
一流の貴族であり、軍人だ。
「悪い、悪い。急ぎだったもんでな」
許せ。
「カークランド、殿下の御前ですよ」
シルヴィが苦言を呈すると、カークランドはすぐにその場で片膝をついた。
「失礼しました……いきなりなことで動揺をしていたようです。お許しを……」
カークランドが頭を下げて謝罪する。
「よい。悪いのは俺であり、お前に非はない。カークランド、座れ」
俺は対面のソファーを指差す。
「はっ!」
カークランドはゆっくりと立ち上がると、俺の対面に座った。
「それで俺の問いに答えてないが、元気だったか?」
「元気と言いたいですが、そうも言えませんな。問題が多すぎます」
そりゃそうだ。
「それはよくないぞ。上がしっかりしないと下が不安がる」
わはは。
「まったくもって、その通りですな」
……面白くない冗談だったようだ。
「笑えない?」
俺は後ろに控えているシルヴィに聞いてみる。
「当人は笑えないかと……」
まあ、そうだわなー。
「すまんな、カークランド。場を和ませようと思ったんだ」
「そう思うなら普通に正面から訪ねてきて頂きたい。せっかく殿下が我が屋敷に来られたという名誉なのに歓迎の一つもできません。これでは周りの貴族から笑われてしまいます」
「気にするな。俺とお前が会っていることは周りに知られない方がいいだろう?」
「そんなことはありませんよ」
一流すぎるのも考えものだな。
全然、本音でしゃべってくれない。
他国の二流共が懐かしいわ。
「カークランド、俺が何故、ここに来たかわかるか?」
「まったく。それどころか殿下が国内にいることすら知りませんでした。とっくにウォルター辺りにいるかと予想していましたので」
うーん、半分正解。
ウォルターにいたことは確かだが、とっくの前ではない。
「色々と事情があってな。聞いたぞ。イアンの奴が俺を暗殺したそうだな?」
「それこそ笑えない冗談です。イアン殿下がそのようなことをする御方でないことは殿下もご存知でしょう?」
もちろん知っている。
「そうだな。イアンはそんなことはしないし、そんなことができる奴でもない。だからお前はイアンについたんだ。あいつは言うことを聞く楽な王子だからな」
「そんなことはありませんよ。まあ、殿下が言うことを聞かないというのは否定しませんがね」
こらー。
「不敬な発言と捉えてもいいか?」
「そう思うなら正面から来て頂きたい」
ごもっとも。
「さて、カークランド。俺がいなくなった理由を正直に教えてやろう」
「そうして頂きたい」
「俺が廃嫡になったことは知っているな?」
「はい。しかし、それは事実なのでしょうか? にわかに信じ難いです。私も正直に言いますが、確かに私はイアン殿下につきました。ですが、別に殿下を害しようとも思っていませんし、イアン殿下を王にしたかった訳でもありません。というよりも、そんなことは絶対に無理と考えていました」
無理だろうねー。
ウォルターとの同盟のこともあるし、公爵家であるスミュールの王家への影響力は強い。
「それでもイアンについた理由は?」
「殿下が王になれば、イアン殿下は副王になられるでしょう。そして、南部を任せていただければと考えておりました」
なるほどね。
南部で勢力を作り、影響力を拡大させたかったわけだ。
「南部はテールと面しているからな」
「さようです。イアン殿下の元、南部貴族の繋がりを強固なものとし、いずれは憎きテールを倒したいと考えておりました」
まあ、悪くないな。
だが、カークランドが力をつけすぎるのを怖れるスミュール辺りが止めるな。
本来はその辺の攻防が起きるはずだったんだ。
「お前らは権力争いばかりだな」
「そういう国です。そして、その競争こそが強者を生むのです」
「その通りだ。さて、俺が廃嫡になったかどうかだったな…………事実だ」
残念ながら……
「さようですか…………一体何故? 本当に黒魔術でもやっていたんですか?」
惜しい!
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