第269話 宿屋で休憩
俺達が馬車で進んでいると、とある建物の前で止まった。
「旦那様、宿屋に着きました。部屋が空いてるかを聞いてまいりますので少々、お待ちください」
シルヴィがそう言って、荷台から降りると、宿屋に入っていく。
俺達がその場で待っていると、すぐにシルヴィが戻ってきた。
「旦那様、3人部屋と2人部屋を確保しました。リーシャ様とティーナさん、旦那様とマリア様と私でいいですか?」
アホか。
「ティーナ、悪いが、こいつと一緒でもいいか?」
俺はシルヴィを無視し、ティーナに確認する。
「普通に考えれば、その分けでしょうね。大丈夫だよ。というか、ここ、高くない?」
ティーナがそう言って、宿屋を見上げた。
宿屋はどう見てもその辺の宿屋とは異なり、高級宿屋だ。
「俺達が泊まるんだから高いに決まっている」
安宿にも慣れてきたが、どちらが良いかと言われれば、当然、高級宿屋だ。
「へー……」
感心するティーナを尻目に俺達は宿屋に入っていく。
そして、従業員に案内され、部屋に入った。
俺達の3人部屋はそこそこの広さがあり、ベッドが3つ並んでいる。
他にも家具なんかも一目で高級品なことがわかり、ティーナがキョロキョロと部屋を見渡していた。
「落ち着きなさい。みっともないわよ」
さすがにリーシャが苦言を呈した。
「すみません……こういう宿屋は初めてなもので……」
「ったく。ウォルターの城で慣れたでしょ」
「いやー、あそこは別世界です。ですが、ここは私の知っている世界なのにすごいです」
イマイチ要領を得ない言い方だが、言わんとしていることはわからないでもない。
「俺達がアムールで泊まった宿屋のクジラ亭も高級宿屋だったが、お前の妹は落ち着いていたぞ」
「そうね。一言もしゃべろうとしなかったし、部屋の隅でじっとしてたわ」
懐かしいなー。
クジラ亭のニコラは元気かね?
「…………ものすごく面白くない冗談なんだけど」
ティーナが睨んでくる。
ララが大人しかった理由は奴隷になって折檻を受けていたからだ。
「まあ、最後の方は美味しそうに魚を食べたり、ジュースを飲んでたぞ」
「あれは衝撃だったわね」
魚を骨ごとむしゃむしゃ食べたやつな。
「だなー。ティーナ、お前も魚の骨を食べるのか?」
「え? 骨……骨?」
こいつも骨ごと食ってるな。
というか、骨の認識すらない。
「ティーナ、ちなみにだけど、あなた、フォークとナイフは使える?」
リーシャがティーナに確認する。
「フォークは使えます」
ナイフは使えないっと。
「この辺も教えないといけないのかしら?」
まあ、マナーは大事だからな。
「あのー、別に一緒に食事を取るわけでもないですし、よいのでは?」
「言っておくけど、あなたは私の専属っていうだけで唯一の侍女ではないのよ? ウォルターの城にも他の侍女がたくさんいたでしょ。その人達とご飯を食べる時もあるのに素手でかぶりつく気? 私に恥をかかせないでちょうだい」
「いや、別に素手でかぶりつきは…………」
ティーナが反論するが、どんどんと声が小さくなっていく。
多分、マナーは自信がないのだろう。
「同じことよ。別に骨ごと食べてもいいけど、ナイフとフォークの使い方くらいは覚えてちょうだい」
「はーい……」
ティーナが渋々、返事をする。
「ティーナ、私はその間延びしたような返事が大嫌い」
「はい!」
ティーナが姿勢を伸ばし、すぐに返事を言い直した。
『私のことですかね?』
シルヴィが念話で聞いてくる。
『俺にはお前が死ぬほど嫌いって聞こえたな』
『ですよねー。私にも死ねって聞こえました』
だろうな。
「旦那様、私は少し町の調査をしてまいります。外に出るのは構いませんが、町の外に出るのは控えてください。さすがに幻術が切れますので」
シルヴィは念話をやめると、声に出して俺に告げてきた。
「わかった。カークランドがいるかどうかは絶対に調べろ。不在だったらここに来た意味がないわ」
「かしこまりー。ではではー、シルヴィちゃん、行ってまいりまーす」
シルヴィはわざとらしく、甘い声でそう言うと、部屋から出ていった。
リーシャにめっちゃケンカを売ってる……
いやまあ、売ったのはリーシャでシルヴィは買ったんだけど。
「ティーナ、あなたにいい仕事を与えてあげましょうか? 報酬に金貨1000枚出すわ」
「お断りします……」
内容を聞かなくてもわかるもんな。
シルヴィを殺してこい、だ。
「殿下、どうされます? 出かけられます? それともここで待ちます?」
相変わらず、マリアが無視して、聞いてくる。
マリアは賢いから絶対にこういうことに関わろうとしないのだ。
「俺は出る気にならんが、出たかったら出てもいいぞ。こんな大きくて大っぴらに歩ける町も久しぶりだろ」
「そうですね。じゃあ、出かけようかな?」
これまでは治安の良くなさそうな他国や田舎の町ばかりだった。
だが、ここなら問題はない。
特に貴族のマリアに手を出す奴はいない。
「ティーナ、あなたも行っていいわよ。というか、マリアに付きなさい」
リーシャがティーナに命じた。
「いいんですか? リーシャ様は出られないんです?」
「寝る」
馬車の中でも寝てたくせにまだ寝るらしい。
「あ、そうですか……マリアさん、私がお供するよ」
「じゃあ、お願いしますー……あ、お願いします」
マリアが間延びしたしゃべり方を訂正して言い直す。
「マリア、普通でいいぞ」
「そうですか?」
マリアがチラッとリーシャを見た。
すると、マリアの視線に気付いたリーシャがマリアを見る。
「ロイドはあなたのそのしゃべり方が好きと言っているのだからそのままでいいわよ。私が言っているのは臣下の礼を守りなさいってこと」
まあ、マリアのしゃべり方は癒されるからね。
「そうですかー……じゃあ、このままでいきます。ティーナさん、行きましょう」
「うん。案内よろしく」
マリアとティーナは2人で部屋を出ていった。
「……リーシャ、ちょっといいか?」
俺はマリアとティーナが出ていくと、テーブルについているリーシャのそばに行く。
「いいわよ。せっかくマリアが気を遣ってくれたからね…………座って。お茶を淹れるわ」
リーシャがそう言って立ち上がると、備え付けの茶器でお茶の準備を始めた。
俺はそれを眺めながらテーブルにつく。
そして、しばらくリーシャの後ろ姿を眺めていると、お茶の準備が終わったらしく、俺の前にお茶を置いた。
「はい、どうぞ」
リーシャは自分の分もテーブルに置くと、椅子に座る。
「悪いな」
「いいのよ。それで話は何?」
リーシャが涼しい顔でお茶を飲みながら聞いてきた。
「父を討った後、俺は王位に就く気はない」
「そう……」
リーシャは表情を崩さず、涼しい顔のままだ。
「それだけか?」
「それだけ。ここに来た時点でそういうことだろうと思っていたもの」
まあ、予想はつくか……
頭の良いリーシャならなおさらだろう。
「そうか……お前を王妃にしてやれなくてすまない」
俺はリーシャに頭を下げる。
「前にも聞いたわね、それ。別にいいわよ。だって、それは2番目の望みだもの…………1番目はすでに叶えてもらった」
リーシャはそう言いながら自分の指輪を触った。
「リーシャ、俺達は結婚したし、そのうち、子供もできるだろう」
「そうね。当然、そうなるでしょう」
「お前は絶対に男子を産め。その子がイアンの次だ」
その子は男子で絶対にリーシャが産まなければならない。
家柄的にマリアではダメなのだ。
「そういうこと……イアン殿下が応じるかしら?」
「応じさせるし、ウォルターが圧力をかける」
ヒラリーが絶対にかけるだろう。
「それもそうね。ロイドが継がないのなら同盟の条約違反になる。その妥協案なわけか……」
「そういうことだ。伯父上も納得している」
「なるほどねー……私が産まなかったら最悪なわけだ」
その場合に出てくるのがシルヴィというかイーストンだろうな。
「産めんか?」
本人の意思でどうにかなることではないけど。
「誰に聞いてるの? 私が産めないわけがないでしょう?」
根拠はない……
根拠はないが、リーシャを見ていると、そうだろうなと、何故か思ってしまう。
「先に言っておくが、太后になっても政治に介入するなよ」
「随分と先の話ね」
多分、これから先、ずっと言う。
余計なことをしないように釘を刺しておかないといけない。
「とにかく、そういうことだから」
「ふふっ、ラウラに呪いをかけてもらおうかと思ったけど、やめておくわ」
伯父上を苦しめたあの呪いをイアンにかける気だったか……
「やめろ。不審すぎるわ」
「冗談よ」
まったく冗談に聞こえない。
そのためにラウラを捕まえようとしているとしか思えない。
「その際限のない野心と欲望をどうにかしろ」
「そうね」
リーシャはお茶を飲み干すと、立ち上がった。
そして、俺のそばに来ると、見下ろしてくる。
「私は綺麗?」
そう聞くリーシャはまさしく絶世だった。
「この世にお前以上はいない」
俺が答えると、リーシャが笑みを浮かべた。
「私のことが好き?」
「当たり前だ」
嫌いだったら逃げてるわ。
怖いもん。
「ロイド……スミュール家の名に懸けて、男子を産みましょう」
「そうしてくれ」
「ふふ、ふふふ……」
見下ろしながら微笑むリーシャは美人すぎて、すごく怖いが、長い付き合いだからわかる。
ものすごい上機嫌だ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
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