第268話 テナの町へ
俺達がテナの町を目指して数日が経った。
道中は馬車に揺られながら進んでおり、暇なこと以外は非常に順調だった。
そして、テナの町に近づくにつれ、すれ違う人や馬車も多くなっていく。
「旦那様、もうすぐでテナの町に着きますが、門はどうしましょう?」
御者をしているシルヴィが聞いてくる。
「マリアが友達を訪ねてきたということでいい。俺達はその護衛。適当に誤魔化せ」
得意だろ。
「わかりました。一応、幻術で皆様方と馬車を偽装しておきます」
「頼むわ」
馬車を偽装すれば、止められることはないだろう。
俺達が方針を決め、そのまま進んでいくと、テナの町が見えてくる。
テナの町はマリアの故郷であるグレースはもちろんのこと、アスカム子爵のアリアンよりも大きい。
「すごいですねー。ここからでも町の大きさがわかります。これまでの町とも、テールのアムールとも比べ物になりません」
ティーナがテナの町を眺めながら言う。
「テナはエーデルタルトでは王都を除けば、一番大きな町なの。南部最高貴族がカークランド侯爵なのよ」
リーシャがティーナに説明をする。
「へー……すごい人なんですね」
「すごくはないわね。ティーナ、覚えておきなさい。敵よ、敵」
仲良くしろとは言わんが、せめて、敵認定はやめてほしいな。
「え……同じ国の貴族では?」
「そんなものは関係ないわ。スミュール家こそエーデルタルト一の貴族なの。わかる?」
「わ、わかります」
絶対にわかっていない。
俺もわかっていない。
『エーデルタルト一の貴族はイーストンですよー……スミュールなんてロクに実力もない名前だけの貴族です。やはり歴史があり、暗部として貢献しているイーストンですよねー』
念話で対抗してくるな。
俺は立場上、何も答えんぞ。
「いい、ティーナ? カークランドなんて経済力と軍事力があるだけの貴族なの。大事なのは家柄。スミュールは何人もの王妃を出した由緒ある家柄なの」
経済力と軍事力があればそれだけですげーよ。
「スミュール家はすごいんですねー」
まったくわかっていなだろうティーナは一生懸命よいしょする。
『女でしか権力を保てない淫乱で売女な一族ですね』
俺に言うな。
本人に言え。
あと、お前のところの女が俺の婆さんだ。
たいして変わらんわ。
「エーデルタルトでは家柄こそが最も大事なの。あなたも私に見合う立派な侍女になりなさい」
「努力します……」
「よろしい」
可哀想なティーナ。
「給料を上げてやるからな」
俺はティーナの肩をぽんぽんと叩く。
「ありがと……ベンが同情の笑みを浮かべていた理由がわかったわ」
あいつはちゃんと俺の誘いを断ってたしな。
「どうでもいいですけど、そろそろ着きますので幕を下ろしてくださいねー」
念話でコソコソと対抗していたシルヴィが自分のことを棚に置いて、そう言ってきたので幕を下ろし、静かにする。
そして、そのまま進んでいくのだが、馬車が止まることはなかった。
「旦那さまー、無事に門を通り抜けましたよー。もう大丈夫です」
シルヴィにそう言われたので幕を取る。
すると、通りを歩く多くの人が見え、賑やかな声があちこちから聞こえてきた。
「本当にすごいわねー」
ティーナが感心する。
「私も初めて来た時にはそう思いましたね。これが男爵領と侯爵領の差かと……」
まあ、マリアのところはそういうの関係なしにぶどうという農業が発展しているところだからな。
比べるものじゃない。
「買い物とか観光でもしますー?」
シルヴィが聞いてくる。
「してもいいが、とりあえずは宿屋だ」
「はーい」
シルヴィは返事をすると、そのまま馬車を進ませていった。
「アリアンもグレースもでしたけど、町の人は普通ですね。戦争が起きる気配も国が揺れる気配もないです」
マリアが町中を眺めながらつぶやく。
「無駄に混乱させたくないからな。貴族共は徹底して隠しているんだろう。むろんだが、俺達もそうする。庶民共は何も知らなくていいし、いつも通りの生活を送っていればいい」
民衆を不安がらせても良いことなんて何一つない。
「そうですね。エーデルタルトは常に勝者であり、平和でなければいけません」
「そうそう。庶民は普通に働き、笑いながら生きて、税を納めればいいんだ」
きりきり働け。
「あなた達って徹底して、権力主義者よね……」
俺とマリアのやりとりを聞いていたティーナが呆れる。
「お前の高い給料も庶民共から徴収した税金で払っているんだぞ」
「……この前まで奴隷寸前だったのにそういう立場になったのか」
出世したな。
感謝しろ。
「お前が真面目に頑張っていれば、騎士爵くらいはやるぞ」
「何それ?」
「貴族っていうのは世襲だが、騎士は一代限りの貴族だ。たとえ、獣人族だろうが、偉そうにできるぞ」
正確には貴族ではないが、似たようなもんだ。
「直立不動?」
「だと思う。騎士爵は相当な武功を挙げた者に与えられるから尊敬の目で見られるぞ」
「挙げてなくない?」
まあな。
「同等くらいの功績でも挙げろ。大丈夫。それで文句や批判をしてくる奴は不敬罪で斬ってもいいから」
何か問題があってもリーシャが庇うだろう。
「いや、しないけどね。騎士爵もいいや。やっかみがすごそうだし」
確かに多少のやっかみはあるかもしれないな。
「それがいいですよー……高確率で旦那様のお手つきで爵位を買ったと思われて、貴族令嬢から売女呼ばわりされると思います」
「ありえるわね」
「うーん……私も何も知らない立場だったらそう思うかもしれませんねー。こういうのはお茶会でよく噂されますし」
人の厚意をそんなゲスな目で見るこいつらのどこに高潔さがあるんだろう?
「ロイド、騎士爵はいらない」
ティーナが力強くはっきりとした口調で拒否してきた。
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