第267話 リーシャ&シルヴィ「ぺっ!」
今後の方針を決めた俺達はグレースの町を出発するために屋敷を出た。
「なんで私の馬車なのに私が違う馬車なんだい……」
婆さんの姿になったラウラがぶつくさ言いながらフランドルが用意してくれた馬車に近づいていく。
「別にいいじゃん。グローリアスも俺達と一緒が良いよなー?」
俺がそう言いながらグローリアスを撫でると、グローリアスが鼻先を近づけてきた。
「そうか、そうか。かわいい奴だな」
俺はそう言いながら人参をあげる。
すると、グローリアスは人参をむしゃむしゃと食べだした。
「完全に餌付けされてる……私の馬なのに……」
婆さんが恨めしそうに俺とグローリアスを見る。
「大丈夫よ、ラウラ。ちゃんとグローリアスもあなたのところが良いに決まっているわ。だからちゃんと帰ってくるのよ?」
人質ならぬ馬質。
「いや、逃げないよ……テールは嫌だし」
婆さんは目を逸らしながら御者台に座る。
一方でマリアはフランドル夫妻に別れを告げていた。
「マリア、けっして粗相のないようにするんだぞ。あと、絶対に他の正室や側室に逆らうな。無害さをアピールすることこそが弱小貴族の生きるすべだぞ」
情けない貴族だな……
派閥に入れてもらえなかった理由がよくわかるわ。
「わかっています」
「マリア、元気でね」
夫人も声をかけた。
「はい」
「お姉ちゃん、元気でねー。離縁されても死んじゃダメだよ」
ひどい妹だなー。
「うるさい! あなたは勉強しなさい!」
マリアが怒ると、家族から離れ、俺達のもとに来る。
「いいのか?」
「はい。大丈夫です。さっさとテナに行きましょう」
俺達はマリアがそう言うので馬車に乗り込んだ。
「フランドル、子爵になりたいか?」
俺は馬車の後ろに腰かけながらフランドルに聞く。
「やめてください。せっかく人畜無害をアピールしているのに敵を作ってしまいます」
こいつ、本当に考え方が商人なんだよな……
「そうか。じゃあ、適当にやれ。それとクーデターが失敗しないことを祈っておけ」
「殿下ならば、必ずや正義を示すと信じております」
世渡り上手だわ。
「じゃあな」
「ご武運を……」
フランドルが頭を下げると、シルヴィが操る馬車が出発し、遅れて、ラウラとジャックの馬車も動き出した。
そして、そのまま町中を抜けると、門を抜け、ぶどう畑に挟まれた道を進んでいく。
しばらく進むと、道が前方と左右に分かれるところまでやってきた。
まっすぐ行けば、アスカム子爵の領地であるアリアンの町に戻る。
そして、右に行けば、テールとの国境であり、左に行けば、カークランド侯爵の領地であるテナの町となる。
「ここでお別れだ。お前らは右で俺達は左」
俺は後ろで荷台に座っているラウラに声をかける。
「わかってるよ。やるからにはちゃんと仕事をする。ジャックの本には書いてないだろうが、こういう仕事もしてたから慣れているんだ」
色んなことをやってるなー。
さすがはベテラン。
「じゃあ、頼むわ」
「あいよ……ったく、ジャックと二人旅かい……って、寝てるし。殿下とちっちゃい嬢ちゃんは起きて、話に付き合ってくれたってのに…………」
ラウラはぶつぶつ言いながら右に向かって、馬車を動かしていった。
「シルヴィ、俺達も行くぞ」
「はーい」
俺達も馬車を動かし、テナの町を目指して、左に進んでいく。
「旦那様、テナは少し距離がありますのでごゆっくりお過ごしください」
「また、暇な旅か……」
飛空艇に乗れないから仕方がないが、つまらん。
「モンスターや盗賊が出るよりかはマシでしょ」
「まあな」
エーデルタルトは軍事力が高いがゆえに街道にモンスターや盗賊が出ることはないのだ。
「お暇でしたらこのシルヴィが話し相手になりましょうか?」
「そうだなー……なあ、お前ってなんで死んだことになっているんだ?」
俺はせっかくなので前からに気になっていたことを聞くことにした。
「もちろん、他領に潜入するためです。あと、捕まっても私はイーストン家の人間ではありません。まあ、私が捕まることなんてありえませんけどね」
シルヴィがケラケラと笑う。
「お前の家ってなんでそこまでするんだ?」
「なんで? 国家の敵を討ち滅ぼすのに理由はいりません。私は幻術の才能があり、これを利用して国を守ります。武家の貴族が戦争に行く、政治家共が頭を悩ませて、政を行う……これらと同じです」
「大人しく、どっかに嫁いで子供を産めばいいのに」
家柄も良いし、顔もかわいい。
それに性格も明るいし、選り取り見取りだろう。
「それはそれ。これはこれです。いずれは私も子供を産むでしょう。まあ、結婚できませんから父親はいませんがねー」
その父親って誰を想定しているのかな?
「お前は本当に明るいなー」
「そうですかー? あははー」
シルヴィが楽しそうに笑う。
『……あのあたおか女さえ生まれなければ、私が殿下の婚約者だったんですけどね』
急に明るさゼロの念話が聞こえてきた。
怖っ……
念話なのに声が低いし……
顔は笑顔なのに心の声に憎しみがこもっている……
「そうそう。いつまでもその笑顔でいろよー」
怖いのは一人で十分。
「はーい。かしこまりー」
うんうん。
『私だったのに……私だったのに……私だったのにー……』
『やめーや』
怨念のおばけか!
夢に出そうだわ。
俺はちょっと怖くなったので馬車に引っ込む。
すると、リーシャがティーナの尻尾を枕に横になって寝ていた。
「お前、痛くないのか?」
俺は尻尾が大丈夫なのか気になって、ティーナに聞く。
「別に痛くはないよ。違和感はすごいけどね」
「ふーん……」
いいなー。
こいつの尻尾だけはどうしても気になる。
「やらせないからね」
俺の心を読んだティーナが釘を刺してきた。
「そうか……ララは元気か?」
「なんで今聞く!? あげないよ!」
だって、ベンに頼むのは絵が悪すぎるだろ。
「殿下! 殿下!」
女の子座りをしているマリアが嬉しそうな顔をして、自分の膝を叩いた。
「ふむ……」
俺はマリアのところに行くと、横になり、マリアの膝を枕にし、横になる。
「どうですかー?」
「悪くないな」
柔らかいし、いい匂いがするし、楽だ。
これはすごくいいかもしれない。
「でしょー…………」
マリアは嬉しそうな顔で俺の頭を撫でていたが、すぐに手を止めると、笑顔を消し、顔を上げて前を向いた。
俺はなんだろうと思い、身体をひねって、マリアの方に向けていた顔をマリアが見ているティーナの方に向ける。
すると、さっきまで顔を背けて寝ていたリーシャがこちらを向いて、俺とマリアをガン見していた。
怖っ!
公爵令嬢は怖いのしかおらんし!
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
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