第263話 フライドポテトも美味しいから……
俺達が馬車に乗って、進んでいくと、どんどんと辺りに緑が増えていく。
というよりも、道の左右にはきれいに何列も並んだ木が見えているのだ。
そして、その木には紫の実がたくさん実っている。
「マリア、あれがぶどうか?」
俺はそうだろうなとは思っていたが、一応、マリアに確認する。
「そうです。ここはもうウチの領地ですね。先に言っておきますけど、ここからずっとこの風景です」
すごいな……
ぶどう令嬢のあだ名は伊達ではなかったようだ。
「ちっちゃい嬢ちゃん、このまま進めばいいのかい?」
ラウラがマリアに確認する。
「はい。このまま行けば、グレースの町です」
「わかった」
ラウラが操縦する馬車はそのまま進んでいった。
俺はその間、馬車の後ろに腰かけ、ずっと風景を見ているが、マリアの言う通り、ぶどう畑がずっと続いているだけである。
実にのどかだ。
「ワインが飲みたくなる光景ね」
隣に座っているリーシャがつぶやく。
「そうだな。しかし、すごい量だわ」
ワインが何本作れるんだ?
マリアの家には水よりワインの方が多いというのも頷ける。
「私は見飽きましたね。逆に王都を始め、他所の町を見て、びっくりしました」
確かにこの風景と王都の街並みはまったく違うわな。
俺はずーっと変わらない風景を見ていたのだが、ある場所を境にぶどう畑が消えてしまった。
どうしたんだろうと思い、前方を見ると、町が見えていた。
「あれか?」
「そうです。あれがグレースです。こんなことがない限り、殿下が絶対に来ないだろうと思う場所です」
確かに来ないだろうな……
俺が男爵領に用があることなんてないし、たとえ、用があったとしてもフランドル男爵を王都に呼び出すだろう。
「まあ、いい機会だ。フランドルにワインの礼を言おう」
あと、マリアをもらうことの報告。
「喜ぶか倒れると思います」
フランドルって大丈夫か?
そんなにすぐに倒れるもんかね?
「マリア、私達は隠れた方が良い?」
リーシャがマリアに聞く。
「いえ、大丈夫でしょう。間違いなく、この町の人間は殿下もリーシャ様の顔も知りません。私の父ですら怪しいです」
フランドルとは会ったことがないからなー。
毎年、ワインは贈ってもらっているけど。
「じゃあ、このままでいいわね」
リーシャが納得すると、俺と共にそのまま腰かけて到着を待つ。
そのまま進んでいくと、馬車が止まった。
「こんにちは。買い付けですか?」
前の方で門番の兵士がラウラに声をかける。
「違うよ……えーっと」
ラウラが後ろを見ると、マリアが馬車から降り、前の方に向かった。
「ご苦労様です。お父様は屋敷ですか?」
「マ、マリア様!? どうしてここに!?」
マリアを見た兵士が驚く。
「友人と共に帰ってきただけですよ。それでお父様は?」
「はっ! 屋敷におられます!」
フランドルは在宅か。
ちょうど良かったな。
「そうですか。では、屋敷に向かいます。仕事を続けなさい」
「はっ! あ、おかえりなさいませ!」
「ただいま」
マリアが挨拶を返すと、戻ってきて馬車に乗り込む。
すると、すぐに馬車が動き出した。
「ここの門番は前の町とは大違いだね?」
ラウラがマリアに聞く。
確かに全然違う。
武器を向けることもなかった。
「ウチに来る人なんて、ほとんどが商人か貴族のおつかいなんですよ。だからお客さんです。無礼は厳禁ですね。これは兵士だけでなく、町人にも徹底しています」
「なるほど。確かに前の町みたいな対応されたら買いに来たくなくなるね」
俺も買わないと思う。
「ですねー。ウチは特に気を付けています。普通に伯爵家とかも買い付けに来ますからね」
俺達が城で飲んでいたワインもここのワインらしいが、国中で人気なんだな。
「お前のところってかなり儲かっている割には町が質素だな」
ド田舎ってほどではないが、田舎だ。
「まあ、ほぼ農村ですからね。それに得たお金は賄賂……投資です。あとは畑を広げたり、新たなワインの開発をしています。胡坐をかいていると、他国の輸入ワインに負けちゃいますから」
フランドルは本当に商売が上手いな……
商人の方が向いているんじゃないかな?
俺達がマリアの話を聞きながら町を眺めていくと、前方に大きな屋敷が見えてきた。
「あれか?」
「そうですね。あれが私の実家です」
「町はショボいくせに屋敷はでかいな。肥えてるわ」
小物貴族らしい。
「違いますよー」
違わんだろ。
そのまま進んでいくと、屋敷の門の前で馬車が止まった。
「よいしょっと」
マリアは馬車が止まると、すぐに降り、門番の兵士のもとに向かう。
「お、お嬢様!? いつ教国からお戻りに!?」
当たり前だが、マリアを見た門番が驚いた。
「今日戻りました。至急、お父様に私が戻ったこととお客様がいらしていることを伝えてください。私はお客様の相手をします」
「は、はいっ!」
兵士は慌てて、屋敷の方に走っていった。
「ラウラさん、馬車は屋敷の横にでも停めてください」
「はいよ」
ラウラは頷くと、馬車が屋敷の横の空いているスペースに向かい、馬車を停める。
そして、馬車から降りた俺達は正門の前で待っているマリアのもとに向かった。
「ようこそ、いらっしゃいました。何もありませんが、どうぞ」
マリアがそう言って、扉を開けたので中に入る。
すると、女の子が玄関のホールを歩いていた。
「あ、エリカ」
マリアが女の子を見て、声を出す。
すると、女の子が俺達に気付いた。
「ん? あ、お姉ちゃん!? おかえりー! やっぱり教会から逃げてきたねー!」
エリカと呼ばれた少女が嬉しそうに駆けてくる。
「逃げてませんよ!」
「だって、早くなーい?」
「事情があるんです」
「ふーん、この人達はだーれ…………え?」
エリカが俺達を見渡していると、ティーナを見て、固まった。
そして、ティーナの犬耳を変な顔でガン見する。
「あ、エリカ、この人は獣人族です」
「ほえー……わんちゃんとヤっ――あいたっ!」
マリアがエリカの頭をかなりの力で殴った。
「ほほほ、アホな妹で申し訳ございません。これはエリカというバカな妹です」
前に聞いた串肉を食べようとしたらタックルされたというエピソードが頷けるおてんば娘だ。
「痛い……おねーちゃん、この人達、だーれ?」
エリカが頭をさすりながらマリアに聞く。
「うるさい! ちゃんと挨拶をしなさい」
「はーい…………フランドル家が次女、エリカ・フランドルでございます。このような地にわざわざいらしていただき、至極光栄に存じます」
エリカは姿勢を正すと、優雅に微笑み、軽く頭を下げた。
「そうか。俺はロイド・ロンズデールだ」
「まあ! 素敵なお名前ですね!」
エリカが頬に手を当てながら微笑む。
こいつ、貴族のくせに自国の王族を知らんのか……
「エリカ、部屋に戻りなさい。あなたはまだ表に出せません」
マリアが妹の背中を押す。
「えー……ってか、この人、誰なのー? お姉ちゃんの彼氏ー?」
「夫です」
「…………え?」
姉に押されて歩いていたエリカが固まった。
エリカは顔だけを動かし、マリアの指輪をガン見した後、俺の顔を見る。
次に俺の隣にいるリーシャの顔を見て、リーシャの指輪を見た。
そして、顔を上げると、リーシャの顔を再び、じーっと見続ける。
「……お姉ちゃんがこの美人さんに勝っている要素はどこ?」
「部屋に戻れ!」
マリアがついに妹を蹴とばした。
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