第258話 同盟国
俺はヒラリーの執務室を出ると、伯父上の執務室に向かった。
ふと、後ろを見ると、誰もいない。
「シルヴィ?」
シルヴィの名前を呼ぶと、足を撫でられる感覚がした。
下を見てみると、影からきれいな手が出ており、ピースマークをしている。
どうやらシルヴィは俺の下にいるらしい。
俺はまあいいかと思いながら歩いていくと、伯父上の執務室までやってきた。
そして、執務室の前に立つと、扉をノックする。
「伯父上、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
『ロイドか? 入っていいぞ』
伯父上から入室の許可を得たので部屋に入った。
伯父上の部屋はヒラリーの部屋よりかは広いが、ヒラリーの部屋と同様に豪華ではなく、むしろ質素な作りとなっている。
「失礼します。体調の方はどうですか?」
俺はデスクについている伯父上に近づきながら聞く。
「もう大丈夫だ。おかげで、仕事だよ」
伯父上は自分のデスクに座り、書類にハンコを押していた。
「頑張ってください。それにしても、懐かしいですね」
俺は昔、この部屋に入ったことがある。
マイルズとかくれんぼをしていた時にここに隠れたのだ。
「まあ、あの時はお前も子供だったからな。それがいつの間にか大きくなって、嫁までもらった。立派になったなー」
伯父上がしみじみと言う。
「まだまだですけどね」
「んー? どうした? そんな殊勝なことを言うような奴ではないだろう?」
いや、言うよ。
謙虚さくらいは持っているわ。
「伯父上、大事な話があります」
「そうだろうな…………お前の顔を見ればわかる」
わかるらしい。
「今、ヒラリーが伯母上を呼んでいますので少々、お待ちください」
「そうか……わかった。それとロイド、教国の件は聞いた。ご苦労だったな」
ヒラリーが報告したんだろう。
「たいしたことではありません。私はここに来るまでにテールを抜け、ギリスまで行き、エイミルから陸路で来たんですよ? それに比べたら楽なものです」
しかも、色んな事件のおまけ付き。
「苦労をするな、お前……」
「それが将来、財産になると、ラウラが言っていましたね」
「そうか?」
「少なくとも、これがなければ、マリアと一緒になることはなかったです。それだけでも財産と思うことにしています」
十分だろう。
「そうか……お前はそれをマリア本人に言うべきだな」
言ったかな?
どうだろう?
「いずれ言います」
「お前の欠点は多くあるが、一番はその他人の心に興味を示さないことだな。魔法ばかりに傾倒せずに人を見よ」
それ、誰かにも言われたな……
「肝に銘じておきます」
「うむ」
伯父上が頷くと同時にノックの音が響いた。
「ヒラリーか?」
伯父上が扉に向かって声をかける。
『はい』
「入ってくれ」
伯父上がそう言うと、ヒラリーが伯母上と共に入ってきた。
「ロイド、リネットも呼んできたぞ」
「どうも」
ヒラリーと伯母上が俺と伯父上のもとに来る。
「ロイド、何ですか?」
俺達のもとに来た伯母上が聞いてきた。
「結論から言いますが、エーデルタルトに戻ることにしました」
「そう、ですか……」
なんとなくだが、伯母上もわかっていたような気がする。
「ロイド、説明せよ」
伯父上が説明を求めてきた。
「ここから話すことはエーデルタルトの大事になる。本来なら話して良いことではないが、同盟国であり、我が母の一族であるお前達には話しておく。これを外に漏らせば、親戚であるお前達であろうと斬る」
俺は敬語も使わずに剣を抜く。
あくまでも同盟国の王子としての言葉だ。
「そこまでのことが起きているのか……」
伯父上が手を額に持っていった。
「そういうことです。まず、伯母上に謝罪します。先日、私達は国を出ましたが、エイミルに行っていたわけではないです」
俺がそう言うと、伯母上が眉をひそめる。
「どこに行っていたのです?」
「教国です。伯父上の命を狙い、俺に刺客を送った愚か者を始末してきました」
「そうですか…………それで?」
伯母上が眉をひそめたまま、聞いてきた。
「その際、教国でこの書類を見つけました」
俺はカバンから紙を取り出し、伯父上に渡す。
すると、伯父上がすぐにその紙を読みだした。
「…………ハァ」
書類を読んだ伯父上はため息をつくと、書類をヒラリーに渡す。
そして、同じく書類を読んだヒラリーは書類を伯母上に渡し、天を仰いだ。
最後に伯母上が書類を読みだし始める。
「…………なるほど」
書類を読んだ伯母上は表情を変えずに書類を返してきた。
俺はそれを受け取ると、カバンにしまう。
「我がエーデルタルトには暗部がおります。シルヴィ」
俺がシルヴィを呼ぶと、俺の影からシルヴィが出てきた。
「はーい」
「このシルヴィがエーデルタルトにて、不穏な影を見つけ、教国に潜入しました。そこでこのような書類を見つけ、私に報告してきたのです」
「…………つまり、それは本物か?」
伯父上が聞いてくる。
「はい。少なくとも、私はそう判断しました」
「…………お前、エーデルタルト王を討つ気か?」
伯父上は俺がどういう行動を取るかわかっているらしい。
「そうなりますね」
それしかないだろう。
「それはクーデターと同義だぞ」
「表向きは病死で片付けます。別に挙兵するつもりも内乱を引き起こす気もないですから」
というか、勝てるわけないね。
しかも、テールが介入してくる。
正攻法は悪手だ。
「暗殺か……」
「他に手はありません。陛下……いえ、父の様子がおかしいのはこれまでのことを考えればわかります。私の廃嫡もですが、ジャックの報告ではテールに攻め入る気だそうです」
「…………確かにおかしいな。お前が廃嫡になったことで国内の貴族共の結束が不安定になっているだろうし、同盟国の我がウォルターは援軍を要請されたとしても出さない」
出すわけがないわな。
俺を廃嫡にするっていうことは同盟を破棄されても文句を言えないようなことなのだから。
「使える者達だけでやる気でしょう。もしくは何も考えていないか」
「ロイド、エーデルタルト王は黒魔術の影響でこのようなことをしたと考えているのですか?」
伯母上が聞いてくる。
「伯母上も魔術師なら経験があるでしょうが、魔法を使い始めた初期は気が大きくなります。それこそ自分が完璧であるという万能感を得ます」
子供の頃に思った。
俺は選ばれた者なのだと……
「…………あまり感じたことはないですが、あなた方はそうでしょうね」
あれ?
「父は傲慢ですからそうでしょう」
「なんとなくですが、わかりました。エーデルタルト王がロイドを廃嫡した理由はあなたが魔術師だから…………これはある意味、本当だったんですね」
同じ魔術師である伯母上は父の真意がわかったようだ。
「そういうことでしょう。私は廃嫡された際に王都から離れたミールという辺境の地に任官を命じられました。今思えば、廃嫡が目的ではなく、私を遠ざけるのが真の目的でしょう」
「黒魔術を使っていれば、優秀な魔術師であるあなたにバレますからね。そして、あなたはそれを黙って見ているはずがない」
絶対に断罪する。
そして、重臣を引き込み、悪い黒魔術師を討ち、俺が王となる。
「シロウトが黒魔術を使って良いことなんてありません。ましてや、それが傲慢な王では国家が揺らぎます」
それを教国のレノー大司教が実践してくれた。
「わかりました……私は何も言いません。魔術師としては討つべきとすら思います。それほどまでに黒魔術は恐ろしいのです」
「リネットはロイドに賛成なのか?」
伯父上が伯母上に聞く。
「黒魔術の恐ろしさは精神が歪み、たがが外れることです。そして、本人はそれに気付かない。これは魔術師の歴史が証明しています。大国エーデルタルト王がそうなれば、多くの者が犠牲になるでしょう。そして、魔術師が少ないエーデルタルトではそれに対抗できるすべがないのです」
もっと言うと、冒険者も少ない。
「…………ロイドを除いてか」
俺なら対処できる。
世界最高の魔術師と言っても過言ではないのだ。
「陛下、どうしますか? 宰相の立場で言えば、関わらない方が良いですし、一族のロイドを送るべきではありません。エーデルタルトには悪いですが、対処はテールに任せるべきです」
宰相のヒラリーが伯父上に確認する。
「まあ、そうだな。というか、介入できることではない」
同盟国とはいえ、他国だからな。
「伯父上、伯母上、ヒラリー、これは相談ではない。決定事項です」
「わかっている…………お前はそういう奴だからな。だが、危険だぞ?」
「国家の大事を優先します。それに役に立ちそうな者は連れていきます」
俺の部屋でエーデルタルトに行く方法を考えているあいつらね。
あと、後ろに控えて、存在感を消しているシルヴィ。
「そうか…………わかった。止めることができんし、お前がそう判断したのなら好きにせよ」
「そうします。それともう一つ、話しておかないといけないことがあります」
これは絶対に話しておかないといけないことだ。
むしろ、本題はこっち。
「なんだ?」
「父を倒した後、王位は弟のイアンに譲ります」
俺がずっと悩んでいたのはこれだ。
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